第74章

沈村薫子は化粧室のドアを押し開け、蛇口をひねって手を洗っていた。

ふと鏡を見上げると、映り込みがひとつ増えている。

薫子は洗面台にもたれ、バッグから口紅を取り出すと、首を傾けて鏡に向かいながら塗り直した。

さっき個室で、向かい側に座っていた女だ。

沈村薫子は気にも留めず、ペーパータオルを1枚引き抜いて手を拭く。

「あなた、デザイナー?」

女が口を開いた。語尾を引く、やわらかく粘つく声。

薫子を横目で眺め、鎖骨から足首まで舐めるように視線を走らせ、最後にすっぴんめいた顔へ戻して、鼻で笑う。

「顔はおとなしいのね。そりゃ、あの人の目に留まるわけだわ」

薫子はペーパーをくしゃりと...

ログインして続きを読む