第88章

名指しはしなかった。けれど沈村薫子には、彼が誰のことを言っているのか分かっていた。

憎いか。

沈村薫子の唇が、かすかに弧を描く。

「憎いよ」

声は、ひどく軽い。

喉を裂くような糾弾でも、歯を食いしばった呪詛でもない。

希望という希望を燃やし尽くしたあとに残る、灰みたいな――疲れ切った憎しみ。

薫子は顔を向け、ようやく彼と視線を合わせた。綺麗な瞳の奥は空っぽで、溶けない霧が一枚かかったみたいにぼやけている。

「でも、憎んで……何になるの?」

囁くように言う。それは彼に向けた言葉であり、自分に向けた問いでもあった。

「私、どうすればいいの?」

そうだ。どうすればいい。

逆...

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