第2章

西村成実視点

火曜日、午前七時五十五分。オフィスのドアの前に立つ私の掌は、びっしょりと汗で濡れていた。

徹夜のせいで、目の下にはくっきりとした隈ができていて、まるで栄養失調のアライグマだ。

昨夜、鏡の前で百回も謝罪の練習をした。「申し訳ありませんでした、私が間違っていました」から「クビにしないでください」まで、土下座さえ考えた。

だが今、閉ざされたオフィスのドアを前にして、頭の中は真っ白になった。

深呼吸よ、成実。最悪の事態なんて、クビになって家で缶詰を食べて残りの人生を過ごすことくらいじゃない。

ドアをノックする。返事はない。おかしい、八時と確かに約束したはずなのに。そっとドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。

「社長? 私――」

私は言葉の途中で凍りついた。

健太はオフィスに一人ではなかった。

身体のラインがくっきりと出る、胸元の大きく開いた赤いドレスの女性が、挑発的なポーズで彼のデスクに身を乗り出していた。十センチはあろうかというハイヒールが、彼女のすでに強調された曲線をさらに際立たせている。彼女の声はねっとりとして甘い。「健太、特別なラテを作ってきたわよ~」

瞬きをする。まさかオフィスを間違えたんじゃないだろうか。ここは間違いなく健太の社長室で、氷の帝王と呼ばれる本人はデスクに向かって座り、書類から顔も上げずにいる。

そしてこの女性は……

小川美咲。健太の婚約者だ。

オフィスの噂でしか聞いたことがなかったが、本人を見るのはこれが初めてだった。正直なところ、彼女はお嬢様というよりキャバクラのキャバ嬢に見えた。

「あの……」私は戸口に立ち尽くし、入るべきか退くべきか決めかねていた。

健太がようやく顔を上げた。彼の冷たい瞳が、まず美咲を、次に私を捉える。その眼差しは……どう言えばいいんだろう。まるで、同じくらい鬱陶しい二匹のハエを観察しているかのようだった。

「美咲」彼の声は水を凍らせるほど冷たい。「今朝、ワードローブを間違えたのか? ここはオフィスだ、君個人のファッションランウェイじゃない」

思わず噴き出しそうになった。

美咲の笑みが一瞬ぐらついたが、すぐに持ち直した。「あなたのために綺麗にしてきただけよ。気に入らない?」

「ブラックコーヒーがいい。何も加えないものを」健太の視線は書類に戻る。「飾り気のない、単刀直入なコミュニケーションを好むのと同じだ」

これがいわゆる、毒のある関係というやつだろうか。私は戸口で、この一方的な愛情表現を眺めていた。

金持ちにだって、昼ドラみたいな関係があるんだな。

美咲の表情はますますこわばっていったが、それでも食い下がった。「健太、働きすぎよ。ただ心配してるって伝えたくて……」

「気遣いに、そこまで……」健太は言葉を切り、彼女の深く開いた胸元を一瞥してから続けた。「……芝居がかった表現は必要ない」

私は心の中で、彼の容赦ない切り返しに拍手を送った。婚約者にさえ手加減しないとは――健太の舌鋒は本当に命取りだ。

美咲はついに自分のパフォーマンスが完全に失敗したことを悟ったらしい。彼女の顔は赤から青ざめていったが、それでも優雅さの仮面は保っていた。「わかったわ。お仕事の邪魔はしない」

彼女が振り返りざま、私に気づいた。その視線は瞬時に鋭くなる。その瞬間、私は毒蛇に見つかった獲物のような気分になった。

「あなたが西村成実さんね?」彼女は作り笑いを浮かべて近づいてくる。「健太から話は聞いているわ」

「はい、秘書をしております」私は内心で鳴り響く警報を無視して、どうにか礼儀を保とうと努めた。

「秘書……」彼女は意味ありげにその言葉を繰り返し、さらに近づいて声を潜めた。「仕事には気をつけた方がいいわよ。健太は従業員に求める基準がとても高いの。ほんの些細なミスで職を失う人もいるから」

脅しだ。あからさまな脅し。

私はプロとしての笑顔を崩さずに言った。「ご忠告ありがとうございます。精一杯頑張ります」

美咲は満足げに微笑み、ハイヒールを鳴らしてオフィスから出て行った。ドアが閉まる間際、彼女は最後にもう一度、敵意のこもった視線を私に投げつけた。

オフィスは静まり返り、健太と私だけが残された。嵐の前の静けさのような危険な空気が漂っている。

「西村成実」健太がようやく口を開いた。その声には、私には読み取れない感情が乗っていた。

「はい、社長」私は恐る恐る彼のデスクに近づいた。

「俺の秘書になってこれだけ経つのに、相変わらず無鉄砲だな?」

以前?

心臓の鼓動が急に速くなる。そうだ、私たちは高校時代からの知り合いだった。

「社長、私はいつも慎重ですよ」としらを切ったが、声の震えが内心の動揺を物語っていた。

健太は書類を置き、両手を組んで興味深そうに私を見た。「そうか? 確か、学生時代からそういうちょっとした悪戯が好きだったやつがいた記憶があるが」

「ははは、緊張しているだけかもしれません」私はぎこちなく笑った。

まずい、やっぱり覚えてるんじゃん! 昔の仕返しをする気か?

「だが、興味がある」健太は立ち上がってこちらへ歩み寄る。「何年も経って、君の『創造性』は向上したのか?」

彼は今や、わずか一メートル先にいる。彼の纏う、微かなコロンの香りがした。

「社長、昨夜の動画の件ですが、本当に、説明できま――」

「必要ない」彼は私の言葉を遮り、謎めいた笑みを唇に浮かべた。「実のところ、なかなか面白かった」

面白い? 予想していた反応とは違う。

「明日、クライアントとの打ち合わせに同席してもらう」彼はデスクに戻る。「そこで、君が本当はどこまでやれるのか見せてもらおうか」

「クライアントとの打ち合わせ、ですか?」私は混乱して瞬きした。「でも、私はただの秘書で……」

「そうかな?」彼の笑みが深まる。「君は見た目よりずっと……有能だと思うがね」

それは褒め言葉には聞こえなかった。罠のように聞こえた。

「もちろんです、社長。最善を尽くします」私は同意するしかなかった。

「いいだろう」健太は再び書類に視線を落とす。「今日は通常通り業務を。明日は午前八時に下で合流だ」

私は急いでオフィスを出て、背後でドアが閉まると同時に、その場に崩れ落ちそうになった。

彼は絶対に昔のことを覚えている! だとしたら、私が彼の秘書になったのは偶然? それとも意図的? そして、あの小川美咲は明らかに私を脅威と見なしている。

さらに重要なのは、明日のクライアントとの打ち合わせで何が待ち受けているのか、ということだ。

スマートフォンを確認すると、ティックトックの動画はすでに十万いいねに達しており、コメントは今も殺到している。フォロワーたちは、私の上司の反応を知りたがって、更新を要求していた。

私が今どんな状況に置かれているか、彼らが知る由もなかった……。

「西村成実」私は鏡の中の自分を見て気合いを入れる。「もう、やっちゃったことは仕方ない。何が来ようと、あんたなら乗り越えられる」

最悪の結果は、やはりクビになるだけだ。でも、私の直感は、健太の企みがもっとずっと複雑なものだと告げていた。

ただ、その計画が私を完膚なきまでに叩きのめすものでないことを祈るばかりだった。

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