第3章
西村成実視点
一日の仕事が終わって、脱走兵のようにオフィスビルを飛び出し、ボロボロのワンルームアパートまで全力で走って帰った。
ドアを閉めた途端、私はソファに崩れ落ちた。心臓はまだ激しく高鳴っている。健太の言葉が頭の中で反響した。
「学生時代にも、こういうささやかな悪戯が好きだった人がいたのを思い出すね」
絶対に覚えてる!
私は頭を抱え、世界がぐるぐると回るのを感じた。あの言葉は、間違いなく高校時代のことだ! 六年も経ったんだから、そんな大昔の話はとっくに時の彼方に葬り去られたと思っていたのに……。
「もうっ、西村成実、なんてことをしでかしたのよ!」
薄暗いランプの光の下で、私は六年前の悪夢を思い出し始めた。
――六年前、S市高校弁論大会。
私は市立高校代表、彼はS学院代表。初対面の時から、私はこの男に度肝を抜かれた。
私が着ていたのは古着屋で買ったスーツで、袖口には前の持ち主の名前がうっすらと残っていた。一方、高橋健太はブランド品に身を包み、カフスボタンがライトの下で煌めいていた。
弁論のテーマは「お金と幸福の関係について」。
私が「お金で真の幸福は買えない」と熱弁する一方で、彼は「経済的基盤が上部構造を決定する」と冷静に反論した。
あの頃の私は、彼をただの金に毒された金持ちのボンボンだと思っていたし、彼もおそらく私のことを非現実的な理想主義者だと見ていただろう。
真っ向からの対立。どちらも一歩も引かない。
結果は? 彼の勝ちだった。彼の主張が優れていたからではなく、彼の調査の方がより徹底的で、データがより権威あるものだったからだ。
私を一瞥した時の彼の眼差しを覚えている――あのわずかな軽蔑と、優越感に満ちた目を。
「貧乏人の理想論か」彼が友人たちにそう話しているのが聞こえた。「価値がないな」
思いがけず、私たちは同じ大学に入った。その瞬間から、私たちの戦争は始まった。
それからの四年間は、壮絶ないたずら合戦だった。
私の代表作といえば、夏、彼の車に鯖を仕込んだ。翌日、S市は猛暑日となり、その匂いといったら……駐車場全体が臭くなったと聞く。
コンピューターの授業では、彼の電卓をハッキングして、電源を入れるたびに「ボンボン野郎は最悪」と表示されるようにした。
模擬国連会議では、彼のスピーチ原稿をこっそり童謡バージョンにすり替えた。彼は実際に『きらきら星』をベースにした五分間の外交政策演説をやってのけた。
しかし、健太の復讐はもっと残酷だった。
彼は生徒会の司会者を買収し、私の生徒会長選挙の演説中に、私が七歳でおむつをはいている映像を流させた。
文化祭で、私が『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』を熱唱している最中、BGMが突然アンパンマンのマーチに切り替わった。
最終決戦は、卒業式で起こった。
それが、私たちの大学最後の対決だった。優等卒業生としてスピーチをすることになっていた私は、「夢を追いかけること」についての感動的な演説を丹念に準備していた。
しかし、私が壇上に立ち、スピーチ原稿を開いたとき……。
「かえるの歌が きこえてくるよ……」
両親、先生、同級生を含む千人以上の聴衆が、困惑して凍りついた。私の顔は一瞬でトマトみたいに真っ赤になった。
だが、それだけでは終わらなかった。本当に壊滅的だったのは、背後のスクリーンに、三歳の私がお風呂に入っている写真が突然映し出されたことだ!
その場から消えてなくなりたい。これ以上最悪なことはない。
聴衆は雷鳴のような笑いに包まれた。誰かが「バカ成実!」と叫ぶのが聞こえた。
私はステージ上で凍りつき、地面が裂けて自分を丸ごと飲み込んでくれればいいのにと願った。その間、健太は客席に座り、満足げな笑みを唇に浮かべながら、優雅に拍手を送っていた。
スピーチの後、私たちはバックステージで最後の視線を交わした。
「西村成実」彼は襟を正しながら言った。「このことは覚えておくよ」
「いつでもどうぞ、高橋健太」私は歯を食いしばって答えた。
そして私たちは、それぞれ別の人生の道へと歩み出した。二度と会うことはないと思っていた。
なのに、今……。
私はノートパソコンを握りしめ、必死に検索をかけた。考えれば考えるほど、恐ろしい真実が徐々に浮かび上がり、恐怖が増していく。
「半年前、あんなにたくさんの履歴書を送ったのに。どうして高橋広告が一番に返事をくれたの?」
求人サイトを開き、応募記録を確認する。確かに、他の会社からは一切返事がなかったのに、高橋広告だけは翌日に面接の案内を送ってきた。
「面接の時、彼は私に気づいていたはずなのに、気づいていないふりをした……」
あの日、私の履歴書を見ていた健太の表情を思い出す。あの見覚えのある一瞬の間――私は彼が考え事をしているのだと思っていたが、今となっては……。
最初から気づいてたんだ!
「この半年間の厚遇は、ただの『段階的』戦略だったってこと?」
私はネットでキーワード検索を始めた。「職場 復讐」「プロフェッショナルなガスライティング」「上司が部下を苦しめる方法」……。
検索結果は、私のパニックをさらに増幅させた。
「不要な従業員を合法的に辞めさせる方法」
「職場のコールド・バイオレンス18選」
「心理戦 戦わずして敵を打ち負かす」
終わった! これは長期的な復讐計画なんだ!
この半年間の様々な細部が蘇ってきた。
一見簡単そうに見えた仕事――実は私の警戒心を解くためのもの。
時折浴びせられた厳しい批判――私の精神的な耐久力を試していた。
今日のクライアントとの打ち合わせへの招待――おそらく、最後の公開処刑の場!
考えれば考えるほど不安になり、手が震え始めた。
――午前三時、暗闇の中でスマホの画面が突然光った。
ショートメッセージ。
送信者、高橋健太。
心臓が止まりそうになった。
「明日はフォーマルな服装で。俺に恥をかかせるなよ」
たった一文。しかし、私はそこから無数の脅迫的なシグナルを瞬時に読み取った。
重要なクライアントとは、公開処刑の場を意味する?
俺に恥をかかせるなよ、とは警告?
フォーマルな服装とは、恥をかく準備をしろということ?
スマホが床に落ち、私はソファの上で丸くなり、震えた。
卒業式の時みたいに、クライアントの前で私に恥をかかせて復讐するつもりなんだ!
六年前、私は高橋健太に必ず報復すると誓った。今、私は彼を過小評価していたことに気づく。
彼は私よりも忍耐強く、より戦略的で、「復讐は冷ましてから味わう料理」という概念をよく理解していた。
明日が、彼の復讐の始まり……
私は暗闇の中で膝を抱えて座り、判決を待つ死刑囚のような気分だった。
かつて卒業式で私に恥をかかせた高橋健太は、今や私の社長となり、私の経済的な生命線を握っている。
そして私は、相変わらず古着のスーツを着た貧乏な西村成実のまま。
唯一の違いは、今回は逃げるという選択肢すらないことだった。
スマホの画面が再び光り、時刻を示した。午前三時四十七分。
明日のクライアントとの打ち合わせまで、あと五時間もない。
この迫り来る審判の日を、私はどうやって迎えればいいの?








