第54章 夏川巴が去ったのか?

夏川巴は静かに食事をしながら、時折顔を上げては綾辻詩織のことを見ていた。

沈黙した空気の中、食器が触れ合う澄んだ音だけが響いている。

ついに夏川巴は耐えきれなくなり、箸を置くと、深く息を吸い込んだ。

「綾辻詩織、私……」

そこまで言いかけて、言葉が喉に詰まってしまう。

どうして切り出せるだろうか。

前に言ったことは全部嘘だったと。

この家は父親のものではなく、自分は善人などではなく、ただ彼女のお金を騙し取るためだったと、どうして告げられるだろうか。

『どうしたの』

綾辻詩織は手話で問いかける。その眼差しは気遣いに満ちていた。

綾辻詩織の心配そうな眼差しを見て、彼女は顔を背け...

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