第6章 追い出される
宴会場は煌々と照らされ、招待客でごった返していた。
綾辻詩織はその中央に立ち、周囲の設えを冷ややかに一瞥した。
葛城彰人の顔は、これ以上ないというほどに黒ずんでいる。彼は綾辻詩織を鋭い眼光で射抜き、まるで彼女の今の考えを見透かそうとしているかのようだった。
彼女はそこに佇み、炎のように鮮やかな赤いドレスが、その冷淡さと隔絶した雰囲気を際立たせていた。
葛城彰人はほとんど歯ぎしりするように問い詰めた。
「綾辻詩織、そのドレスは――」
綾辻詩織は彼の問いを無視し、ただ軽く笑って、淡々と口を開いた。
「言わなくていいわ。分かっているから」
その声は、まるで寒風のように冷え切っていた。
葛城彰人はさらに眉を顰める。
抑え込まれた怒りが、今にも爆発しそうだった。
彼は問い詰め続けようとしたが、彼女が一切その隙を与えないことに気づく。
綾辻詩織は歩き出し、まっすぐにメインホールへと向かった。その背筋はすっと伸び、彼のことなど全く意に介さないという冷淡さをまとっていた。
綾辻詩織は心の中で冷笑した。
『なるほど、あの趣味の悪いドレスは、綾辻華蓮が送ってきたものだったのね』
彼女はすでに事の真相に気づいていた。
葛城彰人がドレスを綾辻家に届けさせたのだろう。しかし、彼女は綾辻家に一切帰っていない。綾辻華蓮がその機に乗じて小細工をしたのは明らかだった。
彼女は視線を上げ、背後の葛城彰人をちらりと見る。
この誤解を、解くつもりはなかった。
『どうせ離婚するのだから、彼が自分で考えればいい』
綾辻華蓮が早足で追いつき、葛城彰人の腕に絡みつこうとしたが、彼は冷たくそれを振り払った。
彼女は一瞬呆然とし、瞳の奥に不満の色をよぎらせたが、すぐさま自分を取り繕うように言った。
「彰人さん、お姉様はきっと機嫌が悪いだけよ。責めないであげて……」
葛城彰人は彼女を相手にする気もなく、ただ冷ややかに一瞥しただけだった。
彼女はそれ以上何も言えず、俯いて彼の後ろについて歩く。心の中では次の策を練っていた。
メインホールに着くと、篠宮のお祖母様とお祖父様が綾辻詩織の姿を認め、ぱっと顔を輝かせた。
篠宮のお祖母様が真っ先に歩み寄り、綾辻詩織の手を取って、じっくりと見つめる。
「詩織や、久しぶりじゃないか。どうしてまた痩せたんだい?彰人がちゃんと面倒を見ていないのかい?」
綾辻詩織がわずかに戸惑い、言葉を発する前に、篠宮のお祖母様はすでに顔を葛城彰人の方へ向け、眉を顰めていた。
「彰人、私が詩織を嫁がせたのは、彼女を可愛がるためだよ。お前はそんな風に夫をしているのかい?」
葛城彰人の顔はさらに暗くなり、何も答えなかった。
篠宮のお祖母様はそれ以上何も言わず、ただ綾辻詩織を自分の隣に座らせ、細やかに気遣いの言葉をかけた。
その声は大きくはなかったが、慈しみに満ちた口調は、周りの客たちの視線を自然と集めた。
綾辻華蓮は傍らに立ち、顔の笑みが次第にこわばっていく。
彼女は俯き、さりげなく葛城彰人の背後に立った。
篠宮のお祖父様の視線が彼女を捉えると、途端に顔つきが険しくなった。
「華蓮?なぜお前がここにいる?」
「お前が来ていい場所ではないだろう!」
篠宮のお祖父様の口調は冷淡で、わずかな嫌悪感すら含んでいた。
綾辻華蓮ははっとし、慌てて頭を下げて説明する。
「彰人さんが、連れてきてくださったんです……」
篠宮のお祖父様はフンと鼻を鳴らした。
「ここは詩織の家だ。お前にここに立つ資格がどこにある?」
綾辻華蓮の顔色は一瞬にして蒼白になり、唇を固く結んだ。
篠宮のお祖母様は眉を顰めた。人前で直接彼女の面子を潰したくはないものの、綾辻詩織に辛い思いをさせるのも嫌だった。
彼女は傍らの使用人を見た。
「綾辻さんを、彼女が行くべき場所へお連れしなさい」
使用人がすぐにやって来て、丁重に言った。
「綾辻様、こちらへどうぞ」
綾辻華蓮はその場に立ち尽くし、ドレスの裾を固く握りしめ、俯いて可哀想なふりをしていた。
彼女は視線を上げ、葛城彰人の視線を捕らえようと、そっと呼びかけた。
「彰人さん……」
しかし、葛城彰人の視線は終始冷ややかで、彼女の上には一秒たりとも留まらなかった。
「君がいるべき場所じゃない。何かあれば後で話す」
彼の声は平坦で、有無を言わせぬ隔絶した響きがあった。
綾辻華蓮の顔から笑みが凍りついた。
「でも……」
彼女がなおも食い下がろうとした時、背後から使用人の丁寧だが毅然とした声が聞こえた。
「綾辻様、こちらへどうぞ」
使用人は彼女の背後に立ち、その眼差しには何の感情も込められていなかった。
綾辻華蓮は身の置き所のない思いに駆られたが、歯を食いしばって俯き、一言応じるしかなかった。
彼女は踵を返し、使用人の後についていく。その一歩一歩は硬く、指先は掌に食い込むほどだった。
この光景が客たちの目にどう映るか、自分の立場の惨めさを一層際立たせるだけだと分かっていた。
彼女は屈辱を必死にこらえ、俯いたまま使用人について去るしかなかった。
宴会場の片隅で、如月朔がグラスを片手に葛城彰人のそばへ寄り、素っ気ない口調で言った。
「どうして彼女を連れてきた?」
葛城彰人は固く眉を寄せたまま、答えなかった。
如月朔はフンと鼻を鳴らし、続けた。
「今日はあんたの祖母さんの誕生日だ。篠宮家が彼女を歓迎しないのは分かってるだろう」
「こんなことをして……わざと詩織に恥をかかせるつもりか?」
葛城彰人の顔つきはさらに険しくなった。
「恥をかかせたつもりはない」
如月朔は冷笑した。
「ほう?じゃあ綾辻華蓮を連れてきたのはどういう意味だ?愛人を囲っていると皆に知らしめたいのか?」
「愛人」という言葉に、葛城彰人の眉がぴくりと跳ね、冷たい声で言った。
「華蓮はただの妹だ」
如月朔は、嘲りを隠そうともしない口調で鼻で笑った。
「もう街中に向かって、綾辻詩織を捨てて綾辻華蓮を娶るって宣言する寸前じゃないか」
葛城彰人の顔はますます険悪になり、冷たい視線で彼を睨みつけた。
「もうやめろ」
だが如月朔は止まらない。彼の視線は葛城彰人を通り越し、少し離れた場所にいる綾辻詩織に注がれた。
その女は今、篠宮のお祖母様と話しており、表情は穏やかで、立ち居振る舞いは優雅だ。客たちと渡り合う様子には、どこか隔絶した冷ややかさがあった。
そんな綾辻詩織は、まるで彼の記憶の中の女とは全くの別人だった。
しかし、如月朔の脳裏には、別の光景が浮かんでいた。
二年前の雨の夜、事故現場は混乱を極めていた。
爆発が迫るその瞬間、綾辻詩織は血まみれの両手で踏ん張り、力の限りを尽くして葛城彰人を車から引きずり出したのだ。
あの時の彼女は、指の骨を折り、爪を割り、全身がほとんど血で染まっていた。
だが、その眼差しに後退の色は一切なく、むしろ決然とした光さえ宿していた。
「葛城彰人、あんな彼女の姿を、お前は見ていなかったのか」
如月朔の声は低く、抑えた怒りが滲んでいた。
葛城彰人は答えず、しかしその視線は無意識のうちに綾辻詩織へと注がれていた。
綾辻詩織は彼の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り返った。
彼女は彼を見つめる。何の表情もなく、まるで死んだ水面のように静かだった。
そして、彼女は手を上げた。
いつもは細く白い指が、わずかに動く。まるで、離婚の手話を始めようとしているかのように。
葛城彰人の瞳孔が、ぐっと収縮した。
「綾辻詩織」
彼の声が突如響き、彼女の動きを冷たく遮った。
