第93章

藤原英世は、この瞬間の一秒一秒を貪るように味わっていた。できることなら、時間そのものがここで止まってくれればいいのに――そう思うほどに。

舌先に、かすかな鉄の味。唇も少し痛い。どうやら西原雨子に噛まれたらしい。

英世は困ったように笑い、掠れた低い声で言った。

「ばか。キスもそんなに下手なのか」

西原雨子は頬を真っ赤にして、熱を帯びた身体のまま英世にしがみつく。

「……ばかじゃない」

英世は胸の奥で暴れ出しそうな獣を、力ずくで押し殺した。熱い頬に指先を滑らせ、確かめるように問いかける。

「俺は誰だ。ちゃんと見ろ。俺は誰だ?」

酔いが醒めたあとで「覚えてない」なんて言わせないため...

ログインして続きを読む