第86章

彼はそれ以上座席を替わるよう強要することはなく、アクセルを踏み込んだ。マイバッハは放たれた矢のように、果てしない夜の闇へと滑り出していく。

三十分後。車は高級マンションの地下駐車場に静かに滑り込んだ。

エンジンを切るが早いか、沈川澪はためらうことなくドアを開けて降りる。

運転席の男へ一瞥もくれず、ハイヒールを鳴らして専用エレベーターへとまっすぐ歩き出した。

硬質な靴音が、がらんとした駐車場に冷たく響き渡る。それは、人を寄せ付けないほどの強い拒絶を帯びていた。

藤原司はキーを抜き取り、長い脚を踏み出して数歩で彼女に追いつく。

エレベーターの扉が閉まりかけたその瞬間、骨張った大きな手...

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