第8章

「この辺の方では、ないですよね?」

地元の不動産業者が、緩みかけたネクタイを締め直し、営業スマイルを浮かべる。

「この海辺の町の人たちは、あなたほど抜け目がありませんからね。まさに、隙がなさすぎるように見えますよ」

『ここから五キロほど離れた場所で育ったなんて、知る由もないでしょうけど』

私は、手に持ったポートフォリオをぱらぱらとめくる。

「ええ、仕事で来ています。コーヒーチェーンの拡大事業で」

私たちは、あの角地の物件の前に立っている。私は、完全な仕事モードだった。体にフィットしたブレザー、コツコツと音を立てるヒール、GPSがまだ正常に作動しているレンタカー。万全の態勢だ...

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