第264章 彼女を鳴海市から追い出す

 秋月雫が菊仲静を連れて子供たちを迎えに行こうと背を向けたその時、背後から再び緒方ハルの声が響いた。

「あなたの父親はね、あなたの存在すら知らないのよ!」

 雫の足が止まった。半ば振り返ったその横顔には、微かな動揺が浮かんでいた。

 明らかにその答えは彼女にとって予想外であり、感情を揺さぶるものだった。

 緒方ハルは平静を取り戻し、焦燥を感じさせない悠然とした声で続けた。

「家柄も容姿も申し分ない人だったわ。ただ残念なことに、風情を解さない、研究にしか興味のない男だったけれど」

 それに応じたのは、秋月雫の微かな笑い声だった。

 深い笑意はない。風に溶け込むその音には、底知れぬ...

ログインして続きを読む