第69章

 空野朱音はそう言い終えるなり、顔を覆ってわっと泣き崩れた。

 ――と思った次の瞬間。

 彼女は森原覚の腕の中からするりと抜け出し、壁に頭を打ちつけに行くような素振りを見せる。

 だが森原覚の反応は早かった。

 すぐさま彼女を引き戻し、強く抱きしめる。

 泣いて、騒いで、挙げ句に「ぶつかって死ぬ」だの何だの。

 その一連の芝居を目の当たりにして、私は一瞬で理解した。――こういう女が放つ破壊力を。

 ここにいる誰もが、空野朱音が本気で壁に突っ込む気なんてないとわかっている。

 なのに森原覚だけが、全部を「本当」だと信じている。

 彼は――空野朱音のその手口が、致命的に効くタイ...

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