第3章

幸村真尾は一睡もしていなかった。五百万円という生命保険の契約が、彼の頭から離れなかった。

午前九時、幸村真尾は町の警察署に足を踏み入れた。受付には滝沢という警官が座り、書類の山に埋もれていた。その姿は、幸村真尾が普段感じているのと同程度のやる気のなさだった。

「届け出をしたいんです」

幸村真尾は声から必死さを消そうと努めた。

「妻が行方不明なんです」

滝沢は疲れた目で顔を上げた。

「行方不明になってからどのくらいです?」

「六ヶ月です。それに昨日、妻が失踪する直前に五百万円の生命保険に入っていたことがわかったんです」

その言葉に、滝沢はぴくりと反応した。だが、幸村真尾が期待したような反応ではなかった。

「幸村さん、成人には家を出る権利があります。事件性を示す証拠がなければ、捜査は開始できません」

「分かってない!」

幸村真尾は見つけた銀行の記録を突き出した。

「現金で三百万円も引き出してるんです! 家を担保に借金まで! あいつは今までこんなこと一度も……」

滝沢は、まるで電話帳でも読むかのような無関心さで書類に目をやった。

「それは彼女自身のお金でしょう。旅行にでも行きたかったとか、どこかでやり直したかったとか。あなたが思うより、よくある話ですよ」

「六ヶ月も?」

幸村真尾の声がひび割れた。

「俺たちは結婚して七年になるんですよ。何も言わずに消えるなんて……」

「いいですか、幸村さん」

滝沢は椅子に寄りかかった。

「女ってのは時々、突拍子もないことを考えるもんだ。特に金に困ったり、夫婦仲がこじれたりするとね。少し距離を置きたくなっただけでしょう」

幸村真尾は胸の内に熱がこみ上げるのを感じた。

「じゃあ、何もしてくれないってことか?」

「どうしてほしいんです? 無職の夫を捨てて出て行った女全員に、指名手配でもかけろと?」

その言葉は、平手打ちのように響いた。幸村真尾は書類をひっつかむと、ドアに向かった。

「本気で心配なら、私立探偵でも雇うことですね」

滝沢が背後から声をかけた。

「うちは本物の事件を扱ってるんで」


午後二時、幸村真尾は森井一郎の探偵事務所にいた。事務所は古びた煙草と、打ち砕かれた夢の匂いがした。森井自身は、ノワール小説から這い出てきたような男だった――禿げ上がり、よれよれの服を着て、おそらく法外な料金を請求するのだろう。

「人探しですかい? 百万円。安くは請け負いませんよ」

幸村真尾の胃がずしりと重くなった。百万円など、払えるはずのない金額だった。だが……。

「金は問題ありません。妻を見つけてほしいんです」

森井は指の関節を鳴らし、コンピューターを開いた。

「基本情報をどうぞ」

幸村真尾が椿の情報を提供すると、森井は記録を引き出し始めた。

「君の奥さん、消える前に随分と忙しかったようだな。多額の現金引き出し、債務整理、それから……」

彼はそこで言葉を切り、画面に目を細めた。

「ある特定の業者とのやり取りが、やけに多い」

「どういうやり取りだ?」

「クレジットカードの支払い履歴だ。柳崎千早保険サービス。定期的に会っていたらしい――三ヶ月で少なくとも十二回。最後の面会は、彼女が姿を消す前日だ」

幸村真尾は世界が傾くのを感じた。

「十二回も?」

「一回につき一時間から二時間。保険の相談にしちゃ、ずいぶんと長いし回数も多い」

森井は記録を印刷した。

「この柳崎千早って人、知ってるか?」

「彼女は……うちの隣人です」

幸村真尾の口の中が乾いた。なぜ椿は、自分に黙って柳崎千早と十二回も会っていたんだ? そしてなぜ、柳崎千早はそのことを一言も口にしなかった?

『まさか……』

「幸村さん?」

森井が彼の顔を窺っていた。

「幽霊でも見たような顔ですよ」

「この記録をください」

幸村真尾はなんとか言った。

「今日の調査料として20万円。残りは本格的な調査を開始する時で結構です」

幸村真尾は払えるはずのない金で支払いを済ませ、足元の地面が崩れていくような感覚を覚えながら外に出た。


午後六時。幸村真尾は、完璧に手入れされた柳崎千早のピンク色の一軒家の前に立っていた。ポケットの中では、印刷された記録が燃えるように熱かった。すべてがいつも通りに見えた――まるで雑誌の特集ページのように、完璧すぎた。

柳崎千早は、柔らかな青いハウスドレスをまとい、髪を肩に流した姿でドアを開けた。一瞬だけ、その完璧に整えられた表情に、動揺らしきものがよぎった。

「幸村さん? どうかしたの? ひどい顔色よ」

「話があります。椿さんのことで」

彼女は身を引いて彼を中に招き入れたが、その動きはどこか硬く、計算されているようだった。

「ええ、どうぞ。ちょうどお茶を淹れていたところなの」

完璧に整えられたリビングで、幸村真尾は記録を突き出した。

「どうして妻と十二回も会っていたことを黙っていたんだ?」

柳崎千早の顔に、驚き、傷ついたような色、そして幸村真尾には判然としない何かが、一瞬のうちに浮かんでは消えた。

「ああ、真尾さん……」

その声は震えていた。

「お話ししたかったの。でも……あの子に、言わないでって約束させられていたから」

「何を言わない約束だ?」

柳崎千早は椅子に崩れるように座り、急に儚げな様子になった。

「あの子、私のところに相談に来ていたの。保険のことだけじゃなくて――心の、ね。お金のこと、あなたの失業のこと、すごく心配していて。あなたを支えきれていないって、自分を責めていたわ」

幸村真尾は、覚えのある罪悪感に胸を刺された。

「俺には何も言ってなかった……」

「あなたのストレスを増やしたくなかったのよ」

柳崎千早の目に涙が浮かんだ。

「あの子はここに来るたびに、泣いていたわ。あなたがどれだけ心を閉ざしてしまったか、自分がどれだけお荷物になっていると感じているか……。あなたに捨てられるんじゃないかって、怯えていたの」

『なんてことだ……』

「あの保険もね」

柳崎千早は続けた。

「怖かったから入ったのよ。自分に何かあっても、せめてあなただけは困らないようにって。それに、こんなことまで……」

そこで柳崎千早の声は途切れた。

「何て言ってたんだ?」

「自分が……いなくなれば、みんな楽になるのにって。そうすれば、あなたもやり直せる、経済的な足手まといにならない人と一緒になれるって……」

幸村真尾は彼女を凝視した。

「まさか、君が言いたいのは……?」

「私にも、何を言っているのか分からないわ」

柳崎千早は涙を拭った。

「でも、最後の数回は様子が違った。覚悟を決めた、というか……。何か、決心したみたいだった」

部屋がぐるぐると回るようだった。椿が「用事があるから」とか「お寺の手伝いに行く」と言っていたあの昼間ごと――彼女はここにいて、柳崎千早に結婚生活のこと、金のこと、そして自分のことを話して泣いていたのだ。

「もっと、ちゃんと見てやるべきだった……」

幸村真尾は、柳崎千早にというよりは独りごちるように言った。

柳崎千早は彼の隣、ソファに腰を下ろした。

「あなたのせいじゃないわ。結婚生活は大変なものよ、経済的なプレッシャーがあればなおさら。あの子も、あなたが頑張っていることは分かっていたはずよ」

彼女の手が、温かく、慰めるように彼の手腕に置かれた。この数ヶ月、孤独が耐えがたいほど重くなった時に、彼女が彼を慰めてくれたのと同じように。

「もし、彼女が本当に……ただ出て行っただけだとしたら?」

幸村真尾は尋ねた。

「もし、どこかよそで、やり直しているとしたら?」

「それが一番いいのかもしれないわね」

柳崎千早は優しく言った。

「もしあの子が、どこかで安らぎや幸せを見つけているのなら……そうさせてあげるべきなのかもしれない」

幸村真尾は彼女を見た――本当の意味で、彼女を見つめた。この数ヶ月、柳崎千早は彼の命綱だった。彼の苦しみを理解し、無職であることも、期待外れの男であることも責めない唯一の人間だった。椿が最初に行方不明になった時、彼女は食事を届け、話し相手になり、孤独感を和らげる優しい肌のぬくもりで、そばにいてくれた。

「どうすればいいのか、分からない」

彼は認めた。

「何もしなくていいのかもしれないわ」

柳崎千早は囁いた。

「人って、時にはただ……いなくなってしまうものなのよ。そして、それでいいのかもしれない」

彼女はもう、その香水の匂いが分かるほど近くにいた――フローラル系の、高価な香り。椿が使っていたドラッグストアの安価な香水とは似ても似つかない。彼女の手はまだ彼の手腕に置かれたままで、親指が肌の上で小さな円を描いていた。

「君には、本当によくしてもらった」

幸村真尾は言った。

「この数ヶ月……君がいなかったら、俺はどうなっていたか分からない」

「もう、一人で何もしなくていいのよ」

そう言って、柳崎千早は身を乗り出して彼にキスをした。

初めてではなかった。この数ヶ月、孤独が彼を蝕み、請求書が山積みになり、家の中の静寂が耐え難くなるにつれて、柳崎千早は慰めを与えてくれた。それは、自分が決して越えることはないと思っていた一線を越える形での慰めだった。

だが、このキスはどこか違っていた。もっと、決定的な何かが。

「もし、帰ってきたら?」

幸村真尾は、柳崎千早の唇に唇を寄せたまま尋ねた。

「帰ってこないわ」

柳崎千早は、静かな確信を込めて言った。

「いなくなる時、二度と戻らない人っているのよ。そういう人たちは、消えることですべてに決着をつけているの」

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