第003章スコアを決める

その場に居合わせた者は皆、息をのんだ。ブレイディ秘書がエリックに向かって深々と頭を下げて挨拶する光景――とりわけウェンディとスミス氏は衝撃で凍りつき、あんぐりと口を開けたまま呆然としていた。

いったい何が起きているのか。目の前で展開する事態が理解できない。なぜブレイディ秘書は、あそこまでエリックに恭しくしている? しかも「若旦那」などと呼ぶなんて。

ブレイディ秘書は振り返ると、厳しい表情で場を制し、群衆に向かって言い放った。

「スミス支配人、こちらが新しい会長です。何を突っ立っているんです? さっさとご挨拶なさい。礼を尽くすんです!」

その宣告は、総支配人アレックスの腹を殴りつけるように響いた。

「なに……? か、会長だと……?」

アレックスの顔から血の気が一瞬で引いた。

周囲の社員たちも、信じられないとばかりに声を上げる。

「本当に会長なのか!?」

室内は驚愕と混乱のざわめきで満ちた。

スミス氏は目を見開き、青天の霹靂に打たれたように固まった。一方のウェンディは、見るからに不快そうに顔を歪める。

「そんな……ありえない! この人はただの貧乏人よ! 家のことだってよく知ってるんだから! 会長なわけない!」

アレックスはブレイディ秘書に向き直り、焦った声で言った。

「ブレイディ秘書、何かの間違いじゃないのか? こ、こいつが会長だなんて……そうは見えない」

「総支配人、書類がこちらです。ご自身で確認してください。それでも信じられないなら、ウィリアムズ会長に電話して確かめればいいでしょう」

ブレイディ秘書は任命書類をアレックスに手渡した。慎重に目を通したアレックスは、そこに記された身分情報と写真を見て息を呑む。間違いない――エリックだった。

ブレイディ秘書は続けた。

「さらに、はっきり申し上げます。エリック様はショーン会長のお孫さまです」

室内が水を打ったように静まり返る。

「なに……ウィリアムズ会長の孫だと!?」

その知らせは、胸の内で重い爆弾が炸裂したかのようだった。ショーン会長の孫である――その意味が分からない者などいない。

「まさか……会長の孫……!」

スミス氏は恐怖で腰が抜け、へたり込んだ。顔面は紙のように青白い。会長の孫の彼女を横取りした――その報いがどれほど苛烈なものになるか、想像するだけで喉が締めつけられた。

「嘘だ……そんな、ありえない……!」

ウェンディは信じられないという仮面を貼りつけたまま、エリックを睨み据えた。どうしても現実を受け入れたくなかった。

そのとき、総支配人アレックスが媚びた笑みを浮かべて慌てて駆け寄り、へつらうように言った。

「フィリップス様! 先ほどは不覚にも気づけず……どうかお許しください、フィリップス様!」

秘書のブレイディが会長に信任されていることはアレックスも知っている。孫という重大事で嘘をつくはずがない。

だがエリックはアレックスに目もくれず、社員たちのほうへ向き直った。百人を超える社員たちは皆、うつむいて沈黙したまま震えている。少し前まで、エリックが新会長だと言ったことを笑いものにしていたのだ。いまや恐怖しかない。新会長であるだけでなく、会長の孫でもあるのだから。

その畏怖と恐れを肌で感じ、エリックは胸がじんとした。こんなふうに敬われたことが、自分にあっただろうか。――いや、ない。

ひととおり視線を巡らせたのち、エリックの目がスミス氏に止まる。

近づいてくるエリックを見て、スミス氏の心臓は跳ね上がり、背中に冷や汗が滲んだ。来た――清算しに来たのだ。

「フィリップス様!」

エリックが迫るや、スミス氏は突然その太腿にすがりつき、必死に命乞いを始めた。

「フィリップス様! 私が悪かった! あなたの彼女を奪うなんて……! 謝ります! ウェンディはお返ししますから……どうか命だけは!」

エリックが会長の孫だと知った今、スミス氏の頭には許しを乞うことしかなかった。

地に這いつくばって懇願する姿を見下ろし、エリックは思わず戦慄を覚えた。金と権力は、ここまで人を変える。昨日まで傲慢に威張り散らしていた金持ちの二世が、今日は膝をついて許しを乞うのだ。こんな光景、夢にも思わなかった。

「返す? 悪いが、あんな卑しい女はいらない。それに――本気で、俺が許すと思ってるのか?」

エリックは目を細めた。

そう言い捨てるや、エリックはためらいなくスミス氏を蹴り飛ばした。

床に転がったスミス氏は屈辱に歯噛みしたが、相手の身分を思い出して怨みを必死に飲み込むしかなかった。

「会長! む、息子はまだ分別のない子どもでして……何かご無礼がありましたら、どうか……どうかお許しを……」

アレックスが前に出て、息子のために頭を下げた。

エリックは氷のような目でアレックスを見た。

「よくも庇えるな。親が親なら子も子だ。息子の横暴が育ったのは、お前が甘やかしてきたせいだろう」

そしてエリックは、場に響く声で宣言した。

「新会長として命じる。お前たち親子を、パワー・グループから即刻解雇する。再雇用も二度とない!」

「なっ……解雇……解雇だと!?」

室内に衝撃と動揺の声がこだました。

アレックスの顔色は土気色に変わり、病的な暗さを帯びていった。まるで生の肝のような色だった。

アレックスは長年にわたり身を粉にして働き、人生のすべてを仕事に捧げ、子会社の総支配人という地位をつかみ取ってきた。ここで解雇されるなど――これまでの努力がすべて煙のように消えてしまう。積み上げた苦労が一瞬で無に帰すと思うと、飲み込むにはあまりにも苦い現実だった。

抗議したい、勤続年数を盾に訴えたい。だが、エリックがウィリアムズ氏の孫だと悟った瞬間、言葉は喉元で凍りつき、唇の先で死んだ。結局、無理やり飲み込むしかない。引き下がるしかないのだ。

一方のスミス親子は、顔面蒼白で、悲壮感を隠せなかった。スミスはこれまで父の影響力に寄りかかり、何不自由なく世渡りしてきた。父まで解雇されれば、その後ろ盾を失う。金持ちの二代目としての身分が崩れたら、これからどうやって生きていけばいい? 天国から地獄へ真っ逆さまに突き落とされたような感覚に、足元が揺れた。

「警備員! スミス親子をつまみ出せ!」

エリックが手を振り、空気を切るように命じた。近くにいた警備員たちは互いに視線を交わし、わずかに躊躇した。アレックスは子会社でも一目置かれる存在だったからだ。

そのためらいは露骨だったが、エリックは眉をひそめる。

「何だ? 俺の言ってることが分からないのか? それとも、俺に権力がないとでも思ってるのか?」

警備員たちは即座に姿勢を正し、迷いは消えた。相手はウィリアムズ氏の孫――その血筋が背中を押した。十数人の警備員が一斉に動き、アレックスとスミスを手際よく持ち上げる。

「このクソども! 離せ! 俺はスミスだぞ! 警備ごときが俺に触れる気か! 死にたいのか!」

スミスが激昂して吠えた。だが警備員の一人が鼻で笑う。

「スミスさん、あなたもお父さんももうクビですよ。いまさら何者なんです?」

もう二人の警備員も、侮蔑を隠そうともせず口を挟んだ。

「そうだ。スミスだ? もうただの人だろ。騒ぐならぶん殴るぞ、いいな」

そう言い捨て、彼らはスミスを容赦なく外へ引きずり出した。

「お、お前ら……」

スミスの唇が怒りで震えた。たかが警備員に手荒く扱われる屈辱に、全身が熱くなる。だが、何もできなかった。苦い現実を噛みしめるしかない。

それに比べてアレックスは、比較的冷静だった。顔色は険しいものの、叫びはしない。百戦錬磨の経営者として、事の重みを理解していた。ウィリアムズ氏の孫を相手に戦える立場ではない。

親子はそのまま通りに放り出された。

一部始終を見ていた社員たちは、胸の内で密かな快感を覚えた。社内で権力を振りかざし、横暴を重ねてきたスミスは、多くの恨みを買っていた。皆、心底嫌っていたが、口に出す勇気はなかったのだ。スミス家が崩れ落ちた今、溜飲が下がるのも当然だった。

エリックはウェンディへと向き直った。清算の時間だ。

ウェンディの顔から血の気が引いた。彼女がスミスのそばにいたのは、金と地位のため。それが崩れた今、自分はどうなる? しかも昨日、自分が捨てた元恋人のエリックが、突然会長となり、シカゴ随一の大富豪の後継者になったのだ。

「エリック……あなたの家、貧しかったじゃない! どうしてあなたがウィリアムズさんの孫なのよ!?」

ウェンディは混乱を隠せず、信じられないといった表情を浮かべた。自分はエリックの素性をよく知っているはずだったのに。

同時に、後悔が心を噛んだ。もし彼が大富豪ショーンの孫だと知っていたなら、何があっても別れたりしなかった。絶対に。

「まあ、世の中ってのは分からないもんだ。俺だって、自分がショーンの孫だなんて思いもしなかったよ」

エリックは口元に薄い笑みを浮かべて言う。

ウェンディは唇を噛んだ。

「エリック、わ、私は……スミスの甘い言葉に騙されただけなの。昨日は一瞬、頭がどうかしてた。でも本当は……本当はあなたが好き。お願い、もう一度やり直させて。お願い……!」

そう言いながら、彼女はエリックの腕にしがみつき、必死の顔で縋った。

「悪いけど、もう手遅れだ。そんな高みに届くと思うな」

エリックは無表情のまま、ウェンディを押しのけた。昨日、彼女がエリックにした冷酷さと同じだけ、今日のエリックも容赦がなかった。

ウェンディを突き放すと、エリックは踵を返して立ち去った。

その背中を見送った瞬間、ウェンディの心は底へ落ちた。かつて見下していた男は、もはや自分の生涯では手が届かない場所へ行ってしまったのだと、骨の髄まで思い知らされた。

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