チャプター 005 ドネーション

「第五章――寄付」

正午。ニューヨーク大学は昼どきだった。寮の八一一二号室。

エリックが部屋に入った途端、男が詰め寄ってきた。

「エリック、今朝、悪魔教師の授業サボっただろ。よくそんなことできたな」

そう言ったのはカイル。大学でエリックにとって唯一の友人だった。

「今朝はちょっと用事があってさ」エリックは肩をすくめる。

「用事があって、だって?」カイルの表情が険しくなった。「ちゃんと欠席届を出すべきだったんだ。悪魔教師が言ってたぞ、おまえを落とすって!」

「俺を落とす?」エリックは目を細めた。視線の端に、冷えたものが差す。

悪魔教師――本名ティムは、エリックの担当教授の一人だった。

だがエリックは、彼に良い印象を持っていない。生来の威圧感ゆえに悪魔教師と呼ばれていることも理由の一つだが、もっと大きいのは別にある。

先学期、エリックはティムが女子学生と不適切な関係を持っている現場を目撃したのだ。

噂では、ティムはその女子に「関係を持たなければ単位を落とす」と脅したという。

そんなクズが、教師でいられるわけがない。

「エリック、謝りに行けよ。頭下げて頼むんだ」カイルは言った。「なんとか取り繕えるかもしれない。本当に落とされたら面倒だぞ」

「……心配するな。会いに行く」エリックは答え、しかしその口元に冷たい笑みを浮かべた。

以前なら、エリックは悪魔教師に謝りに行ったかもしれない。

だが今は違う。シカゴ一の大富豪の孫である自分が、なぜあんな男に情けを乞う必要がある?

……

学科の事務室。

エリックはノックもせずに入った。鍵はかかっておらず、彼はそのまま室内へ踏み込む。

ティムは事務室で映画を見ていた。扉が押し開けられる音に、ティムは驚いて慌てて画面を閉じ、振り向く。

相手がエリックだと分かった瞬間、ティムはみるみる顔を赤くして激昂した。楽しみを邪魔され、肝を潰されたのだ。

「エリック! 入る前にノックもしないのか!? 規則ってものが分からんのか! それに今朝、俺の授業をサボりやがって! その結果がどうなるか、分かっているんだろうな!?」

悪魔教師は顔を曇らせ、叱りつけるように言った。「ミスター……?」ティムの声が部屋に反響した。「ミスター・ティム、私は単位を取るためにわざわざ来たんです」

「ほう? 落第を免れさせてほしいのか? 簡単なことだ」悪魔教師――ティムが言った。

エリックは冷ややかに鼻で笑った。どうせ金を要求してくるに決まっている。彼は近くの椅子に腰を下ろし、脚を組むと、淡々と言い放った。

「悪いが、助けを乞いに来たわけじゃない。あんたにチャンスをやりに来たんだ。分別がある、つまり賢いなら、今朝の俺の欠席の件はここで引っ込めろ。でなければ……」

「……でなければ、どうする?」ティムは面白がるような笑みを浮かべた。

エリックは目を細め、瞳の奥に冷たい光を踊らせる。「……必ず、痛い代償を払わせる」

「何だと?」ティムは腹を抱えて笑い出した。「痛い代償だと? お前みたいな貧乏学生が? ははは、冗談も大概にしろ!」

悪魔教師は獰猛ではあったが、狙うのはいつも弱い者ばかりだった。脅せば屈する相手を嗅ぎ分けるのに慣れている。エリックなど、格好の獲物に見えたのだ。

やがて笑い声が途切れ、ティムは机を叩いた。

「ガキめ、はっきりさせてやる。今日お前は俺の機嫌を損ねた。謝罪しろ。それから誠意として、五千ドルの赤い封筒を出せ。そうすれば見逃してやる。さもなければ期末は落とす。いや、それどころか、将来卒業すらできなくしてやるぞ!」

ティムは確信していた。金も力もないエリックなど、脅しをかければ最後には頭を下げ、命乞いする――そう信じて疑わなかった。

だが、それを聞いた瞬間、エリックの表情は引き締まった。

「悪魔教師……あんたは教師でいる資格がない。それに、俺が与えたチャンスすら理解しなかったな。後悔することになる」

そう言い捨てると、エリックは立ち上がり、部屋を出ていった。

あだ名で呼ばれたのがよほど癪に障ったのだろう。ティムは怒りに拳を机へ叩きつけた。

「この俺を悪魔教師だと!? よくもそんな口が利けたな! 後悔するのはお前のほうだ!」

大学で教師を敵に回すなど、賢い選択ではない。ティムは腹を決めた。エリックを試験で落とすだけでは足りない。追試でも徹底的に邪魔をし、卒業証書を手にできないようにしてやる――それでようやく胸の怒りが収まるというものだ。

一方、そのころ……。

「満足しろ。――職員室の外で、エリックは嫌悪に顔をしかめ、首を横に振った。「なんて卑劣な人間だ。教師の資格なんて欠片もない!」」

職員室を出たエリックは、なおも虫唾が走る思いで首を振った。

あの悪魔教師は、心の底からエリックをむかつかせた。

授業をサボる件にしたって、悪魔教師に数千ドル渡せば済む話だった。ティムに金を握らせて欠席のことを揉み消すなど、いくらでもできた。だが、エリックは絶対に――断じて、そんなことはしない!

エリックが望んだのは、それとは逆だ。悪魔教師ティムに、自分のしたことの代償を痛いほど払わせること。

そう決めると、エリックは校長室へ向かった。

「コンコンコン」

ドアを叩くと、「入りなさい!」と返事が飛んできた。

中へ足を踏み入れた瞬間、エリックの視線は校長に吸い寄せられた。スーツをきっちり着込んだ、いかにも厳格そうな人物だ。

校長はちらりとエリックを見上げたものの、すぐに視線を新聞へ戻しながら言った。机の上には新聞が広げられている。

「どうしたね、君。何の用だ?」

「校長先生」エリックは静まり返った部屋に声を響かせた。「学校に寄付をしたいんです」

エリックはあくまで気軽に言った。

「寄付だと?」校長は眉をひそめ、怪訝そうに新聞から顔を上げた。「気持ちはありがたいがね、うちの学校は数十や数百ドル程度に困っているわけじゃない」

そして突き放すような口調で言い、視線を新聞へ戻す。

「金はしまっておきなさい。君のものだ」

エリックは口元に笑みを浮かべた。

「校長先生、寄付するのは数十や数百じゃありません。……一千万です」

「なに!?」校長は目を見開き、新聞を机の上に落としたまま固まった。「一千万だと!?」

校長は慌てて新聞を置き、驚愕に満ちた顔でエリックを凝視した。

「冗談だろう、君。本気で一千万寄付すると言うのか?」

校長はエリックを値踏みするように見つめた。どう見ても、この若者がそんな大金を持っているとは思えないのだ。

「学校の口座番号をください。振り込んだあとで、本物かどうか確かめればいいでしょう」エリックは言った。

校長はしばらく考え込んだ末、ようやく折れて口座番号をエリックに渡した。

「振り込み完了です、校長先生。確認してください」エリックはスマートフォンを素早く操作しながら言った。

「秘書、経理に電話して、一千万の入金があったか確認しなさい」校長は傍らに立つ秘書へ命じた。

秘書は頷くと、急いで電話をかけた。

「校長先生、確認できました!経理に、正体不明の一千万の振り込みが入っています!」秘書は興奮気味に声を上げた。

胸の奥まで息を呑み、校長は言葉を失った。深く息を吸い込み、自分を落ち着かせようとする。だが、それでも信じられなかった。寄付が本当だなんて――。

本物だ。しかも一千万ドル。これは創立以来、ニューヨーク大学が受け取った中で間違いなく、いや疑いようもなく最大の寄付だった。

「秘書、この学生にすぐお茶を。――私の大事にしているプーアル茶を淹れてくれ。アールグレイだ」

校長は新たな敬意をにじませた声で指示した。そう言うが早いか、校長はにこやかに席を立ち、エリックのもとへ急いで歩み寄る。顔には温かな笑みが浮かんでいた。

「どうぞお掛けください、若者よ。お名前をフルネームで伺っても? それから、どちらの名家のご出身で?」

校長はよく分かっていた。何気なく一千万ドルを寄付できる者が、並の家柄であるはずがない。途方もない財力を持つ、特別な背景の持ち主に違いないのだ。そんな逸材の若い御曹司ともなれば、校長にとっては神様同然、聖人のように崇めるべき存在だった。

「……エリックです」

そう答えると、エリックは向きを変えて椅子に腰を下ろし、足を組んだ。そして淡々と言う。

「校長先生、僕の一千万の寄付には条件があります。お願いが二つ」

「言ってください、言ってください!」

校長は勢いよくうなずいた。やはりと思う。これほどの金額を、見返りなしに差し出すはずがない。何か目的があって当然だ。

秘書が差し出した茶を一口すすり、エリックは落ち着いた口調で続けた。

「一つ目、ティムという教師――あの悪魔みたいな教師を解雇してください。二つ目、僕が望むなら授業に出なくても、全科目を合格扱いにすること」

「問題ありません!」

校長は二つ返事で承諾した。たかが教師一人の解雇など造作もない。教師はいくらでもいるのだから。一千万ドルの寄付に比べれば、安い対価にすぎない。

「いいですね。では、これ以上お邪魔しません。校長先生、解雇の手続きはできるだけ早くお願いします」

エリックは立ち上がった。ここへ来た目的は果たした。あの厄介な“悪魔教師”を追い出す――その任務は完了だ。

「お見送りしますよ、フィリップス様」

校長はそう言ってエリックの後ろに付き、執務室の外まで丁重に送り出した。

エリックが去ったあと――

校長は秘書のほうへ振り向く。

「秘書、急いで彼のファイルを確認しろ。どこの名家の出なのか調べるんだ!」

一千万ドルを平然と差し出せるのだ。裕福な家の出に決まっている。

「はい、すぐに!」

秘書は慌ただしく駆け出し、校長の命令を実行しに行った。

「対応に追われる……」

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