第2章
ホテルの駐車場に車を滑り込ませたとたん、雨が降り出した。
澄み渡っていたはずの東海の夕べは、あっという間に土砂降りの豪雨へと姿を変えた。ワイパーの動きが追いつかないほど水が滝のように流れ落ち、空には雷鳴が轟いている。
「くそっ」私はつぶやき、私たちとホテルのエントランスを隔てる水の壁を見つめた。「いきなりだな」
松山健一はエンジンを切り、私の方を向いた。「中に入ろう。天気予報だと、これが何時間も続くかもしれないそうだ」
何時間も。最悪だ。
競技クラブの高級ホテルは、今夜のイベントで足止めを食らった客たちで急速に埋まっていく。雨でぼやけた窓の向こうで、人々がロビーを急ぎ足で通り抜け、服から水を払い落としているのが見えた。
「たぶん、もう満室よ」彼に言うでもなく、私は呟いた。
松山健一はすでにスマートフォンを取り出していた。「私に任せろ」
十分後、私たちはエレベーターの中にいた。雨の中を駆け抜けたせいで、ずぶ濡れだ。松山健一はなんとか最後のひと部屋を確保してくれた――当然のように、最上階を。
だろうね、この人なら。
「少なくとも、ひとつはまともなことが起きた」上昇しながら私は思った。
だが、自分たちの階に着くと、廊下の向こうから聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。私の胃がひゅっと縮こまる。
青村翔太と橋田美結が、私たちの部屋のすぐ隣の部屋の前に立っていた。青村翔太の手にはカードキーが握られている。
冗談でしょ、マジで。
先に私たちに気づいたのは橋田美結だった。彼女はわずかに目を見開き、それから青村翔太に何かを囁いた。彼が振り返り、あのいつもの意地の悪い笑みが顔に広がる。
「やあやあ。今夜はお隣さんみたいだな」青村翔太の声には、厄介事を意味する偽りの陽気さが含まれていた。「すごい偶然だ」
松山健一の手が私の腰のあたりにそっと添えられた。「偶然、か」彼は平坦な口調で繰り返した。
私たちは張り詰めた沈黙の中、部屋の鍵を開けた。ドアが背後でカチリと閉まった瞬間、私はドアに寄りかかって崩れ落ちた。
「あいつら、計画したのよ」私は言った。「そうに決まってる。こんなの偶然のはずがない」
松山健一はすでに部屋の中を動き回り、窓やバルコニーのドアを確かめている。「壁が薄いな。全部聞こえるだろう」
彼の言葉を証明するかのように、青村翔太の声が壁を抜けて、わざとらしく大きく響いてきた。「美結、四年前のあいつの誕生日、覚えてるか?俺が緊急のトレーニングに呼び出されたって言ったときのこと」
胸が締め付けられる。あの誕生日。青村翔太が何時間も姿を消し、私が待ちぼうけを食わされた夜。
橋田美結の声が、同じくらい悪意に満ちて続いた。「ああ、あなたが本当に練習場にいるって彼女が信じてたときのこと?もう、あの小さなドレスを着て一晩中座ってるなんて、ほんと哀れだったわよね」
「あいつは昔から騙されやすいからな」青村翔太は笑った。「今じゃ売り物ってのも納得だ。松山さんが本当に何を買ってるかなんて、みんな知ってるさ」
その言葉が、氷水のように私を打ちのめした。
「少なくとも『パパ』は捕まえられたんだから、よかったじゃない」橋田美結が付け加えた。「彼に何を約束したのかしらね」
私の手は固く拳を握りしめていた。彼らは、屈辱的な言葉の一言一句を私に聞かせようとしている。
「理恵」松山健一は顎を引き締め、注意深く私を見ていた。「あいつらの思うツボになるな」
そのとき、青村翔太の声が聞こえた。今度は少し静かで、どうやら電話をしているらしい。「1247号室だ。間違いなく、そういう商売が行われてる。どういう意味か、わかるだろ」
血の気が引いた。彼はホテルに電話している。
「あの野郎……」私は囁いた。
五分後、部屋のドアがノックされた。松山健一が覗き穴を確認し、その表情が険しくなる。
「ホテルの店長だ」
彼がドアを開けると、スーツ姿の神経質そうな男がクリップボードを手に立っていた。
「お休みのところ大変申し訳ございません」店長は明らかに居心地が悪そうに切り出した。「ですが、このお部屋での……不適切な商業行為に関する苦情が寄せられまして」
私は顔を火照らせながら、彼を睨みつけた。「なんですって?」
「お電話をくださった方によりますと、こちらでエスコートサービスのようなものが営業されているのではないかと。法的な理由から、私どもとしては調査せねばなりません」
そのあまりの厚顔無恥さに、私は言葉を失った。青村翔太は、本当に売春の苦情を申し立てたのだ。
松山健一が店長と私の間に割って入った。「それは重大な告発ですね。何か証拠でもおありで?」
「いえ、その、ありませんが、我々としては確認の義務が……」
「誰からの通報です?」松山健一の声は、あの恐ろしいほど静かなトーンを帯びていた。
店長は気まずそうに身じろぎした。「通報者の方は、匿名を希望されました」
「なるほど」松山健一は一歩前に出た。「その匿名の通報者ですが――ひょっとして、隣の部屋に宿泊されているのでは?」
店長の顔が赤くなった。「それは、申し上げられません……」
「では、代わりにそちらの部屋をチェックされてはいかがですかな」松山健一は滑らかに言った。「宿泊客に対する虚偽の通報は、退去の理由になりますよね、理恵?」
店長は消えてしまいたいという顔をしていた。「もちろんです、お客様。もし苦情に根拠がなければ……」
「ありません」松山健一はきっぱりと言った。「そして、その匿名の通報者には、嫌がらせは許されないと伝えておくことをお勧めします」
「承知いたしました。重ねて、心よりお詫び申し上げます」
店長は廊下を足早に引き上げていった。
松山健一はドアを閉め、私に向き直った。私は怒りと屈辱で震えていた。
「あいつ、本当に……」言葉を続けられない。
「君を娼婦呼ばわりした」松山健一が厳しい表情で言葉を継いだ。「ああ」
隣の部屋から、くぐもった笑い声が聞こえてきた。全部聞こえていたのだ。
「絶対に償わせてやる」私は静かに言った。
松山健一の表情は冷静だった。「ああ。そうだな」
私はベッドの端に腰を下ろし、急に疲れがどっと押し寄せてきた。「彼女と友達だったなんて信じられない。美結は、青村翔太が私にしたことを全部知ってた。なのに、また同じことをする手助けをしてる」
「人間というものは」松山健一は静かに言った。「うまく逃げ切れると思ったときに、本性を現すものだ」
そのとき、隣の部屋から物音がし始めた。最初はただのくぐもった話し声、それから笑い声。そして、全く別の音。
ヘッドボードが壁にぶつかる、紛れもないリズム。橋田美結の、息を切らした、本物の声が、青村翔太の名前を呼んでいる。
私の顔は恥ずかしさと怒りで燃え上がった。「冗談でしょ」
音は激しくなる――本物の、生々しい音に、私の胃はむかついた。呻き声も、喘ぎ声も、ひとつひとつが本物で、意図的だった。
「あいつら、本当に……」私は言葉を終えられなかった。
松山健一の顎が引き締まった。「すべて君に聞かせているんだ」
壁にぶつかるリズミカルな音が続く。美結の声はさらに高くなり、完全に抑制が効いていない。
私は勢いよく立ち上がり、両手を拳に握りしめた。「二人とも殺してやる」
「待て」松山健一が私の腕を掴んだ。その目は思慮深い。「このゲームは、二人でやるものだ」
私は彼を見つめた。「どういう意味?」
何が起きているのか理解する前に、彼の両手が私の腰に置かれ、ぐっと引き寄せられた。「私を信じろ」彼は私の耳元で囁いた。
そして、彼の唇が私の首筋に触れた。
その感覚は、電気のように私を貫いた。彼の唇は温かく、執拗で、歯が私の肌をかすめたとき、息が止まった。
「その調子だ」彼は私の喉元で熱い息を吐きながら囁いた。「あいつらに聞かせてやれ」
彼の手が私の髪に絡み、襟元に沿ってキスをしながら私の頭を後ろに傾けさせた。私は唇を噛み、静かにしていようとしたが、彼の触れ方は、まともに考えることを不可能にした。
隣の部屋の物音が、一瞬途切れたように思えた。
「君は天性の才能があるな」彼は私の肌に唇を寄せたまま、つぶやいた。その声は、完全な演技とは思えない何かにざらついていた。
何が起きているのか、ほとんど処理できなかった。彼の触れ方、キス――それは全く演技のようには感じられなかった。
松山健一の手が私の顔を包み込むように動き、その黒い瞳は熱を帯びていた。「準備はいいか?」
だが私が答える前に、彼の唇が私の唇に激しく重なった。そのキスは飢えたように求め、私の体がそれに反応するのを止められなかった。彼が私を壁に押し付けると、私の手は彼のシャツを握りしめていた。
彼の唇が、耳の下のあの敏感な場所を見つけたとき、私は完全に自制心を失った。
「健一――」彼の名前が、思ったよりも大きな声で私の唇から漏れ、部屋に響いた。
隣の部屋から、しんと音が途絶えた。
そして彼の歯が私の喉をこすり、私はもう抑えきれなくなった。
「んっ」私は息を吐いた。誰に聞かれようと構わなかった。
そのとき、青村翔太の声が壁を突き破ってきた。鋭く、怒りに満ちていた。「お前ら、そこで一体何してんだ!」
松山健一は顔を上げた。息は荒く、その黒い瞳は私に釘付けにされていた。視線を外さずに、彼は完璧に冷静でありながら、紛れもない鋭さを含んだ声で言い返した。
「ずっと前から、こうしておくべきだったことをしているだけだ」





