第4章
金曜の朝、松山健一の秘書を通じて招待状が届いた。悪い知らせが来るときの、あの独特の緊張感をまとわせて。
「松山様が、今夜の青村競技スポンサー感謝祭に出席なさるべきだとお考えです」真理子さんは、まるで噛みつかれでもするかのようにクリーム色の厚紙を差し出しながら言った。「何か……誤解を解くため、と仰っていました」
胃がずしりと重くなった。「誤解って、何?」
真理子さんは居心地悪そうに身じろぎした。「恐れながら……昨日の、三浦さんの会話を耳にされたようです。青村さんと和解するという……」
クソッ。途端に、バラバラだったパズルのピースが、一つの醜い絵を形作った。
「真理子さん、青村翔太と縒りを戻す話じゃないの。お金を返して、きちんと話をつけなきゃいけないだけ」
「え……」彼女の顔が青ざめた。「松山様は……三浦さんが元カレと仲直りしたがっていると、そうお考えのようでした」
どうりで健一が私に氷のように冷たくなったわけだ。私が青村翔太に泣きついているとでも思ったんだ。
「彼に電話してくれない?説明するから――」
「申し訳ありません、もう会場へ向かわれました」真理子さんは申し訳なさそうに言った。「ですが、六時半にお迎えの車を手配してくださっています」
時計に目をやる。このめちゃくちゃな状況をどうにかするのに、残された時間は四時間。
その四時間は永遠のように感じられた。健一に三度電話をかけたが、すべて留守電に繋がるだけ。六時半になる頃には、ストレスで足首が痛み始めていた。
碧海庭園へ向かう車内は、駆け巡る思考以外は静寂に包まれていた。とっておきの黒いドレスに身を包んだのは、どんな修羅場が待っていようと、少しでも自信が欲しかったからだ。
お金のことを説明して、青村翔太との関係をはっきりさせて、健一に分かってもらうのよ。私は自分にそう言い聞かせ続けた。
けれど、ボールルームに足を踏み入れた瞬間、それが簡単にはいかないと悟った。クリスタルのシャンデリア、白いテーブルクロス、そしてレース界のエリートたちがそこかしこにいる。バーカウンターでスーツ姿の男たちに囲まれている健一をすぐに見つけた。部屋の向こう側にいても、彼の姿を見間違えようがなかった。
私が入ってきたのに気づいて彼が顔を上げた。視線が合ったのはほんの一瞬。すぐに彼は意図的に私に背を向けた。
最高。まったく、最高にツイてない。
彼の方へ向かおうとした、そのとき。橋田美結が、まるで馬鹿みたいに高いヒールを履いた悪夢そのもののように、私の進路に立ちはだかった。
「あらあら」近くの客にも聞こえるような大声で彼女は言った。「どなたかと思えば。もう青村競技のイベントなんて、格が低すぎてお気に召さないのかと思ってたわ」
「美結」私は声のトーンを平坦に保った。「私はただ――」
「ただ、何?またひと騒動起こしにきたの?」彼女はわざとらしく心配そうに首を傾げた。「まあ、それがあなたの得意技なんでしょうけどね。散らかすだけ散らかして、後始末は誰かさんにやってもらうっていう」
小さな人だかりができ始め、皆が面白そうな騒ぎを嗅ぎつけている。すでにスマートフォンを取り出している人たちも目に入った。
美結は一歩近づき、わざとらしい、けれど周囲にはっきりと聞こえる囁き声にトーンを落とした。「いいご身分よねぇ、そんな気前のいい……スポンサーさんがいて。落ち目のレーサーに3千万円なんて、たいした投資だこと」
全身の血が凍りついた。「今、なんて言ったの?」
「やだ、理恵ったら」美結の笑みは純粋な毒そのものだった。「そういうの、どういう仕組みかなんて、みんな知ってるわよ。なるほどね、だからデザイナーもののドレスが買えるわけだ。ついに見つけたんじゃない、あなたの金づるを?」
「一線を越えたわね」私は拳を固く握りしめながら言った。
「越えてるかしら?」美結は甲高く、突き刺すような声で笑った。「もっと面白いこと、聞きたい?翔太はあなたと付き合ってた間、ずっと私とヤってたのよ。あなたが『残業だ』って信じてた夜は毎晩、私のベッドにいたわ。あなたがどれだけ哀れな子犬ちゃんか、私に聞かせながらね」
その言葉は、まるで平手打ちのように私を襲った。周りでは、人だかりがさらに密集し、スマートフォンがその一言一句を記録していく。
「あんたは二年間も、まるで迷子の犬みたいに彼の後を追い回してた」美結は悪意に満ちた声で続けた。「その間ずっと、私はすぐそばにいたのよ。彼があなたと別れなかったのは、引きずり回すのが面白いって私が言ったから。あなたは私たちにとって、ただの娯楽でしかなかったの」
私の中で、何かがぷつりと切れた。
「もうやめて!」私は自分の水のグラスを掴むと、中身を美結の顔に真正面からぶちまけた。
ボールルームは、水が大理石の床に滴り落ちる音以外、静まり返った。美結はマスカラが頬を伝って流れ落ち、口をあんぐりと開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
「てめえ、何しやがる!」沈黙を切り裂いたのは、美結の隣に現れた青村翔太の声だった。「俺のイベントに来ておいて、よくもこんな真似ができるな!」
私が反応するより先に、青村翔太の両手が私の肩を掴み、力任せに突き飛ばした。私はよろめき、右足がビュッフェテーブルの角に引っかかった。倒れ込み、テーブルの角が足首を擦り上げると、脚に激痛が走った。
「俺のパーティで騒ぎを起こしていいと思ってんのか?」青村翔太は私を見下ろし、唸るように言った。
私は足のずきずきする痛みを無視して体を起こし、ハンドバッグに手を入れた。折りたたんだ銀行小切手は、まるで炎のように熱く感じられた。それを翔太の足元に叩きつける。
「あんたの汚い三千万よ!」私の声は、静まり返ったボールルームに響き渡った。「そんな金、とっときなさい!美結が最初からあんたの手先の泥棒だって知ってたら、何年も前にあんたの顔に叩き返してやったわ!」
翔太の顔が真っ白になった。周りでは、スマートフォンのフラッシュが焚かれ、すべてが記録されている。
「理恵」その声は、冬の鋼のように冷たかった。
振り返ると、健一が私の後ろに立っていた。その黒い瞳は、破れた私のドレス、足首の血、そして青村翔太の攻撃的な態度を捉えていた。
「どこを怪我した?」彼の声は、とても静かだった。
私は震える手で青村翔太を指差した。「彼に、押されたの」
健一は一度頷くと、静かに一番近くのテーブルへ歩いていった。彼はなみなみと注がれた赤ワインのグラスを手に取ると、青村翔太から一度も視線を外さずに、その頭からワインをぶちまけた。
ワインが青村翔太の顔を流れ落ち、彼の白いシャツを真紅に染め上げた。ボールルームは驚きの声に包まれた。
「私の妻は、はっきりと意思表示をしたはずだ」健一の声は、柔らかいにもかかわらずよく通った。「君はチャンスを与えられ、それを自ら捨てた。彼女が怪我をしたのは君の行動が原因だ。これ以上を要求されないだけ、幸運だと思った方がいい」
青村翔太は目に入ったワインを拭い、怒りで顔を歪めた。「こんな女一人のために、俺に本気でこんなことする気か?」
健一の笑みは、北極のように冷ややかだった。「訴えてくれて構わない」
人だかりの端に警備員が現れ、私はこのパーティ全体が完全に停止してしまったことに気づいた。会場中のすべての視線が私たちに注がれ、すべてのスマートフォンが、今年のレース界最大のスキャンダルとなるであろう出来事を記録していた。
健一は私の方を向き、その表情はすぐに和らいだ。「歩けるか?」
足首が悲鳴を上げていたが、私は頷いた。彼が腕を差し出してくれた。私たちは二人で出口へと向かった。ワインを滴らせる青村翔太と、まだ頬のマスカラを拭っている橋田美結をその場に残して。
ボールルームのドアにたどり着いたとき、背後で青村翔太が叫ぶのが聞こえた。「これで終わりだと思うなよ!」





