第1章 屋上の告白
夜十時過ぎ。女子寮はとっくに消灯時刻を迎えているというのに、私の部屋の小さなデスクライトだけが、まだこうこうと光を放っていた。
寮委員を兼任している私には、各階の消灯状況を確認する役目がある。しかし今、私はその役目を放棄してベッドに腰掛け、スマートフォンの画面に映る、私だけが知る秘密――アプリ『願い屋』の管理画面をじっと見つめていた。
これは私が高校一年の時に開発した、学内限定の懸賞プラットフォームだ。表向きは、生徒たちがお菓子の代理購入や資料のコピーといった些細な頼み事を投稿できる、ごく普通の学内相互扶助アプリに過ぎない。だが、ごく一部のユーザーからは……もっと面白い依頼が舞い込んでくることがある。
例えば、たった今届いた、これ。
新しい依頼通知をタップすると、見慣れたユーザー名が目に飛び込んできた――『孤独な王子』。
このユーザーは頻繁に依頼を投稿してくるのだが、そのどれもが奇妙なものばかり。「とある生徒の昼食が何かをこっそり撮影してほしい」とか、「誰々さんが今日新しい髪型に変えていないか確認してほしい」とか。一見するとストーカー行為のようだが、報酬は気前が良く、悪意のある内容は一度もなかった。
私は彼の依頼をもう何度も引き受けており、そのたびに楽に良いお小遣いを稼がせてもらっている。
今回の依頼内容は、思わず目を疑うものだった。
『三号館屋上での告白を阻止せよ。今夜十時半。報酬:三万円』
三万円?
危うく声を上げそうになる。普段、ファミレスで一時間バイトしたって時給は千円ちょっとだ。三万円もあれば、私にとっては数ヶ月分のお小遣いに相当する。
なぜ告白を阻止するのか少し気にはなったが、『孤独な王子』の依頼はいつも楽に稼げるし、これまで違法なことや風紀を乱すようなことを要求されたことは一度もない。告白を阻止するだけだ。大したことじゃない。
時間を確認する――午後十時二十五分。
急がなければ。
私はそっと部屋のドアを開け、抜き足差し足で階段へ向かった。幸い私は寮委員だ。消灯後にうろついていても、巡回中だと言い訳ができる。
三号館は男子寮で、あまり行ったことはないが、全校の寮委員として、どの棟の構造も頭に入っている。屋上は通常、生徒の立ち入りが禁止されているが、管理はそれほど厳しくない。
階段を駆け上がる間、心臓が少し速く脈打っていた。緊張からではない、興奮からだ。
三万円! このお金があれば、ずっと欲しかったあのタブレットが買える。
屋上のドアを押し開けると、私は意外な光景を目の当たりにした。
屋上の中央に立っていたのは、神谷悠――うちの学校で一番人気の男子だった。
彼は典型的なハーフ顔で、色素の薄い髪が月光を浴びてきらきらと輝いている。身長は百八十センチを超え、制服姿はまるでモデルのようだ。
そして彼の向かいに立っているのは、三年生の田中美咲先輩。彼女は小さなギフトボックスを抱え、頬を赤らめて、まさに告白しようとしているところに見えた。
私は一瞬固まった。
まさか神谷悠の告白現場を阻止することになるとは。でもよく考えれば、彼の人気からして、彼が告白されるのを阻止したい人間は少なくないだろう。
彼に片思いしているどこかの女子が、この場面を見たくなかったのかもしれない。
結局のところ、『孤独な王子』が男か女かなんて、誰にもわからないのだから。
ともかく、依頼は依頼だ。
私は深呼吸をして、彼らに向かって歩き出した。
「あの、すみません」
私は寮委員としての威厳を意識し、努めて厳かな声で言った。
「屋上は生徒の立ち入りが禁止されています。速やかに退去してください」
田中先輩はびくりとして、ギフトボックスを落としそうになった。彼女は慌てて私の方を見たが、どうすればいいかわからない様子だ。
しかし、神谷悠の反応は奇妙だった。
彼がこちらを振り向いた時、その眼差しには何とも言えない複雑な感情が宿っていた。邪魔されたことへの苛立ちでも、意外そうな表情でもなく、まるで私が現れることをとっくに知っていたかのような……。
「寮委員の……春野さん」
彼は私の名前を、低く心地よい声で囁いた。
私の心臓が、どきりと跳ねる。寮委員として上級生に顔を知られているのは珍しくないが、神谷悠の口調は、すべてを見透かされているような気分にさせた。
「はい」
私は平静を装うのに努めた。
「すでに規定時間を過ぎています。早く寮へ戻ってください」
田中先輩はがっかりした様子だったが、それでも頷いた。彼女は神谷悠に言う。
「ごめんなさい、神谷君、また日を改めて……」
「大丈夫だよ、美咲先輩」
神谷悠は優しく彼女の言葉を遮った。
「委員の言う通りだ。確かにここは相応しくない。先に帰って」
田中先輩はギフトボックスを抱えて立ち去り、その足音は階段の向こうへと徐々に遠ざかっていった。
屋上には、私と神谷悠の二人だけが残された。
私も一緒に立ち去ろうとしたが、彼が口を開いた。
「ありがとう、春野さん」
「え?」
私はわけがわからなかった。
「なんでもない」
彼は屋上の縁へ歩み、私に背を向けた。
「そのアプリ、よくできてるね」
私の心臓は、ほとんど止まりかけた。
「何のアプリですか? 何のことだか分かりません」
私は冷静を保とうとしたが、声はそれでも少し震えていた。
神谷悠は振り返り、月光の下で微かに笑った。その笑みは優しくもミステリアスで、何かを思い出させた。
「『願い屋』、だろ?」
終わった。
私は口を開けたが、声が出なかった。アプリの存在は秘密だ。多くの生徒が使っているとはいえ、彼らは私が開発者だとは知らない。私はずっと慎重に自分の正体を隠してきたのに。
「安心して、誰にも言わないから」
神谷悠は階段口へ向かい、私のそばを通り過ぎる時に足を止めた。
「明日も、依頼はいつも通り出す」
待って! 彼は今、何て言った?
追いかけようとしたが、彼はすでに階段を下りており、淡いシャンプーの香りだけがその場に残されていた。
寮に戻った後も、私はベッドの端に座ったまま、手が微かに震えていた。
その時、スマートフォンが軽快な通知音を立てた。
画面には、『三万円の入金がありました』というメッセージが表示されていた





