第4章 告白

屋上の夜風は少し肌寒かったが、私の心臓は異常なほど速く脈打っていた。

神谷悠は私に背を向け、両手をフェンスにかけ、満天の星空を仰いでいる。月光が彼の身に降り注ぎ、その横顔をどこか寂しげに縁取っていた。

「来たんだ」

彼は振り返らない。その声は夜風に溶けて、とても軽く響いた。

私は彼から三歩ほどの距離で足を止め、わざとらしくため息をついてみせる。

「二十万円で星を眺めるなんて、史上最高額の天文学の授業だわ」

彼はようやくこちらを振り向いた。その深い瞳が月光の下でキラキラと輝いている。

「もし、今回は依頼じゃないって言ったら?」

私は呆然とした。どういう意味?

「じゃあ、どうしてアプリで連絡してきたの?」

神谷悠は笑ったが、その笑顔にはどこか苦さが滲んでいた。

「だって、こういう方法じゃなきゃ、君に会ってもらえる自信がなかったから」

夜風が吹き抜け、私の髪が少し乱れる。手でそれを整えながら、胸の奥がざわついた。

「神谷くん、私たちは今の関係を保つべきだと思う」

私は声を平静に保とうと努めた。

「依頼主とサービス提供者。シンプルで分かりやすいじゃない」

彼が一歩近づいてくる。

「君は本当に、俺たちの間柄がそれだけだと思ってるのか?」

私は思わず一歩後ずさった。

「違うとでも言うの?」

私たちはそのまま見つめ合った。空気中に、言葉にできない緊張感が漂っている。やがて、沈黙を破ったのは神谷悠の方だった。

「数日後に文化祭があるんだ。実は、新しい依頼をしたい」

また本題に戻った。私は内心ほっと息をついた。少なくとも、その方が安全だ。

「聞かせてもらうわ」

「うちのクラス、王子カフェをやるんだけど、俺がメインスタッフなんだ」

彼は少し間を置いた。

「でも、きっと女子がたくさん来る。だから君に、俺の特別な客を演じてもらって、彼女たちを断る口実が欲しい」

「どう演じるの?」

「俺が仕事をしてる時に現れて、俺の……大切な人のフリをしてほしい」

大切な人?

彼を見ていると、どうにもこの依頼が奇妙に思えてくる。

「報酬はいくら?」

「十五万円」

またしても破格の値段だ。

「……引き受けるわ」

文化祭の前日、私は美容院へ行った。

別に神谷悠のためというわけではない。ただ、「大切な人」を演じるからには、あまりみすぼらしい格好はできないと思っただけだ。

ところがそこで、偶然にも桜井美月に出くわした。

「あれ、春野さん?」

隣の席に座った彼女は、ネイルをしてもらっている最中だった。

「明日、文化祭だからおめかし?」

「ええ、まあ、ちょっとだけ」

彼女とあまり話したくはなかった。

「神谷くんのクラス、カフェをやるんですってね。きっと大人気でしょうね」

桜井美月の口調はさりげないものだったが、何かを探っているように感じられた。

「あなたも行くの?」

「……たぶん」

彼女はにっこり笑った。

「それは面白くなりそうね」

どういう意味だろう?

文化祭当日、学校は巨大な遊園地へと姿を変えていた。

至る所にリボンや風船が飾られ、生徒たちは様々な奇抜な衣装に身を包んでいる。空気中には食べ物の香りと楽しげな笑い声が満ちていた。

私は新しく買った水色のワンピースに着替え、薄化粧を施した。鏡に映る自分は、少しだけ見慣れない顔をしていた。

午後二時、約束の時間通り、私は神谷くんのクラスの「王子カフェ」へと向かった。

——なんてこと。

入口にはすでに長蛇の列ができており、そのほとんどが女子生徒だった。彼女たちは興奮した様子で話し込み、一人一人の眼差しはまるで恋する乙女のようだ。

「神谷くん、すっごく格好いい!」

「私、彼がおすすめする特製コーヒーを頼むの!」

「後で一緒に写真撮ってもらうんだから!」

私は深呼吸をして、意を決して列の最後尾へ向かおうとした。こんな状況で入っていったら、あからさますぎるだろうか?

私が躊躇していると、誰かが私の肩を叩いた。

「春野さん、奇遇ね」

振り返ると、赤いドレスに身を包み、完璧なメイクを施した桜井美月が立っていた。彼女の姿はひときわ輝いて見える。

「桜井先輩……」

「一緒に入りましょう」

彼女は私の腕を組んだ。

「生徒会の一員として、各クラスの催し物をチェックする役目があるの」

彼女は一体何をしたいのだろう?

しかし、私はすでに彼女に引っぱられるようにして、カフェの入口へと向かっていた。

扉を開けた瞬間、私の心臓が止まるかのような光景が目に飛び込んできた。

神谷悠が白いシャツに黒いスーツジャケットを羽織り、袖を肘まで捲り上げて、客のためにコーヒーを淹れていた。その真剣な横顔が、暖かい色の照明の下で格別に魅力的に映る。

彼は入口の物音に気づき、顔を上げた。

そして、その視線が私に留まった時、彼の手の動きが一瞬止まった。

彼の瞳に驚きの色がよぎり、次いで困惑が浮かぶのが見えた——私が桜井美月と一緒に現れるとは、明らかに予想していなかったのだろう。

「ようこそ、王子カフェへ」

彼はコーヒーカップを置き、私たちの方へ歩み寄ってきた。

「お二方、ご注文は?」

「特製ブレンドを一杯いただくわ」

桜井美月が先に口を開いた。

「それと、神谷くん、少し二人きりで話せる?」

カフェ中の客たちが、一斉に私たちに注目した。

好奇の、嫉妬の、そして他人の不幸を喜ぶような、無数の視線を感じる。

これは計画になかった。

神谷悠は私と桜井美月を交互に見て、「桜井さん、今は営業時間なんだけど……」

「それなら、ここで言うわ」

桜井美月は突然声を張り上げた。

「神谷くん、好きです! 私と付き合ってください!」

店内は一瞬にして静まり返った。

私の頭は真っ白になった。何なの、これ? 公開処刑?

全員の視線が神谷悠に集中し、彼の返答を待っている。彼の顔色は少し青ざめており、明らかにこの事態を予測していなかったようだ。

元々の計画では、私がこのタイミングで現れ、彼の大切な人のフリをして、窮地を救うはずだった。

でも、今は……。

「ごめん、桜井さん」

神谷悠は深く息を吸った。

「俺には、もう好きな人がいるんだ」

カフェの中に、驚きのざわめきが広がった。

「本当? 誰なの?」

桜井美月の声が少し震えている。

神谷悠は答えず、まっすぐに私の方へと歩いてきた。

違う、これは計画と違う。

計画では私が自分から現れるはずで、彼が私を探しに来るんじゃない。

「春野年嘉」

彼は私の目の前で立ち止まり、その深い瞳で私を見つめた。

「春野は、ずっと俺のそばで支えてくれた。彼女が、俺の一番大切な人なんだ」

え?

私の心臓はほとんど止まりかけていた。これって……依頼の内容? それとも……。

周囲から、どっと大きな喧騒が巻き起こった。

「春野年嘉? あの貧乏な?」

「彼女、いつの間に神谷くんと?」

「全然知らなかった!」

私はそこに立ち尽くし、まるでスポットライトの下に突き出された役者のようだった。けれど、台詞も、筋書きも、これが真実の芝居なのか偽りの芝居なのかさえも分からない。

桜井美月の顔色は見るも無残なものになっていた。

「春野さん、そうなの?」

誰もが私の返事を待っている。

神谷悠も私を見ている。その瞳には、緊張と、期待と、そして名状しがたい感情が宿っていた。

「私……」

私は口を開いたが、声が出なかった。

その後の時間、私はまるで操り人形のように、神谷悠に引きずられてあちこちを歩き回った。彼はごく自然に私の手を引き、クラスの他の同級生に紹介し、私のためにコーヒーを淹れ、さらにはケーキまで食べさせてくれた。

誰もが私たちを見て、ひそひそと囁き合っている。

「あの二人、本当に付き合ってるのかな?」

「すごく親密そうね」

「神谷くん、彼女にすっごく優しい」

口を開いて説明したかったが、何を言えばいいのか分からなかった。これは有料の依頼に過ぎない、と? 私たちはフリをしているだけ、と?

しかし、神谷悠の振る舞いはあまりに自然で、自然すぎて、私自身さえも、もしかしたら彼の言っていることは本当なのかもしれない、と疑い始めていた。

文化祭が終わり、クラスの打ち上げが始まるまで、彼と二人きりで話す機会を見つけられなかった。

「ちょっと話があるの」

私は彼を人のいない廊下へと連れ出した。

「何を?」

彼の顔は少し赤く、酒を飲んだかのようだった。

「今日のことよ! どうして計画通りにやらなかったの?」

私は声を潜めた。

「今、学校中が私たちの噂で持ちきりなの、分かってる?」

「それがどうした?」

「どうしたって……迷惑だって言ってるのよ!」

「依頼」

彼はその言葉を繰り返し、口調がどこか険しくなった。

「君の頭の中には、依頼しかないのか?」

「そうじゃないって言うの?」

彼の口調に、私もカッとなった。

「私たちの間に、取引関係以外に何があるっていうのよ?」

神谷悠が突然近づき、私が反応する間もなく、彼の唇が押し付けられた。

それは彼の怒りを帯びた、激しいキスだった。私の頭は真っ白になり、どう反応すればいいのか全く分からなかった。

どれくらい経ったのか、ようやく我に返った私は、力一杯彼を突き飛ばした。

「気でも狂ったの?!」

私は大声で叫んだ。

「依頼主とサービス提供者の境界線を越えたわ!」

神谷悠は突き飛ばされて数歩よろめき、顔に複雑な表情を浮かべた。

「境界線?」

彼は笑ったが、その笑い声はひどく苦々しかった。

「君は本当に、俺たちの間に境界線なんてものがあると思ってるのか?」

私は手の甲で唇を拭った。心臓は破裂しそうなほど速く鼓動している。

「あるわ! もちろんある! 私たちの関係はそういうものよ。シンプルで分かりやすい。あなたがお金を払って、私が依頼をこなす!」

「そうか」

彼の眼差しが、ひどく冷たくなった。

「なら、分かった」

彼は背を向け、廊下の向こう側へと歩き去っていった。一人、その場に残されて。

角を曲がって消えていく彼の背中を見つめながら、私はふと、虚しさに襲われた。

それから数日間、「願い屋」には奇妙な依頼が次々と現れた。

『一緒に図書館へ行ってほしい。報酬:三十万円』

『一緒に昼食を食べてほしい。報酬:二十五万円』

『コーヒーを買ってきてほしい。報酬:二十万円』

すべてが「孤独な王子」からの投稿で、報酬は馬鹿みたいに高いのに、内容はどれも簡単なものばかりだった。

私は一つも引き受けなかった。

これらの依頼が神谷悠からのものだと分かっていた。でも、これ以上続けるわけにはいかなかった。あのキスで、私たちの関係が複雑になりすぎ、危険になりすぎていると気づかされたのだ。

距離を置かなければならない。

しかし、依頼は投稿され続け、一つ、また一つと狂気を帯びていった。

そして七日目、私は心臓が止まるかのような依頼を目にした。

『永遠に俺のそばから離れないでくれ。報酬:五十万円』

五十万円。これはもう、お金の問題ではなかった。

私は画面上の依頼をじっと見つめ、指は「受ける」と「断る」の間を彷徨う。

最終的に、私は「断る」を選んだ。

そして携帯電話の電源を切り、脇へと放り投げた。

ある種の境界線は、一度越えてしまえば、もう二度と元には戻れない。

これ以上、深みに嵌るわけにはいかないのだ。

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