チャプター 3.
人生は時として残酷だ。いや、ほとんどの場合において、人生というやつは決して立ち止まってはくれない。ロリがどれほどの痛みを抱えていようとも、お構いなしだ。彼女には喪に服す時間さえ与えられなかった。そんなことをしていれば、仕事を失ってしまうからだ。だから、家で過ごせたのはわずか二日。ロリは以前と変わらず、ダイナーでのシフトに戻っていた。
まるで、何事もなかったかのように。
つい先週、赤ん坊を手放したという事実など、存在しないかのように。
あれから二週間が経った。痛みは消えていない。ただ、その痛みと共に生きる術を見つけただけだ。
彼女が赤ん坊を養子に出すことは、職場の誰もが知っている事実だった。あまりにも知れ渡っていたため、仕事中にトイレで泣いているロリを見つけたバーディーは、こう言い放ったのだ。
「でも、最初から赤ちゃんなんて欲しくないって言ってたじゃない。なんで今さら悲しむのか分からないわ」
その言葉は喉元をえぐるように、まるでナイフで内臓を切り裂かれるような鋭さで突き刺さった。ロリは即座に涙を拭い、仕事に戻った。それ以来、バーディーとは口をきいていない。
一日の中で唯一、わずかな安らぎを感じられるのは、グレース夫人が赤ん坊のための母乳を取りに来る時だけだった。
ロリは朝と仕事のあとに搾乳し、パック詰めして日付を書き、冷凍保存していた。
三日ごとに受け渡す約束だったが、なぜかロリの母乳は止まる気配がなく、グレース夫人が翌日にまた来なければならないこともあった。母乳を寄付し続けることは、かえって傷口を広げているだけなのではないか、とロリは自問することもあった。
グレース夫人はとても親切な人だった。母乳を取りに来る際、ロリに手料理を持ってきてくれることもあった。ある時はラザニア、その数日後にはキーライムパイを。
そして彼女は、ロリが興味のないふりをしているにもかかわらず、赤ん坊の成長具合を報告するのをやめようとしなかった。
ついに名前が決まったらしい。エミリア。エミリア・ケイン。時々、短くエミーと呼んでいるそうだ。
ジャレッドも姿を見せていなかった。おそらく、事の顛末に罪悪感を感じているのだろう。結局のところ、彼が突き飛ばさなければ、ロリが早産になることはなかったのだから。
彼が近づいてこないことに、心のどこかで安堵していた。もっとも、彼の性格からして、そう長くは続かないだろう。どうかこのまま永遠に消えていてほしいと、ロリは祈るように願った。
彼女には安定が必要だった。安定と、平穏な日常が。
ジャレッドという章は、どうしても閉じなければならない過去だった。もう何ヶ月も、彼女はその章を終わらせようともがいてきたのだ。
「ロリ! 三番テーブル、おかわり!」
バーディーの声が響き、ロリは頷くとコーヒーの入ったジャグを手にテーブルへと歩み寄った。
「やあ! 君、前に見たことあるよ。妊娠してなかったっけ?」
男に尋ねられ、ロリは頷いた。
「ええ、してました」
男の視線が、彼女の全身を舐め回すように這った。ロリには痛いほど馴染みのある視線だった。
「へえ、すごいね! 赤ん坊を産んだばかりにしては、最高にイイ女じゃないか!」
男の言葉に、ロリは作り笑いを浮かべた。求められてもいないコメントに、ひどい褒め言葉。このダイナーでは日常茶飯事の出来事だ。
「どうも」
呟くように礼を言い、彼女はテーブルを離れた。
イイ女?
自分が魅力的だなんて、微塵も思えなかった。自分のどこにも、そんな要素は感じられない。
彼女は傷ついていた。傷つき、壊れていた。そして、胸を蝕むこの残酷な痛みから、二度と立ち直れないのではないかという恐怖に怯えていた。
深い悲しみに沈み込んでいた彼女は、一人の男がダイナーに入ってきたことに気づかなかった。
子供が散らかしたテーブルを拭くことに集中していたのだ。
「ワイアットさん? あなたが、ワイアットさんですか?」
低い声がした。
ロリは振り返りもしなかった。
「はい」
そう答えて作業を終え、ようやく振り返ると、目の前に背の高い男が立っていた。
彼女は思わず小さく後ずさった。
背が高い。その存在感には、どこか圧倒的なものがあった。
支配的なオーラ。
非常な長身だった。
おそらく六フィート二インチ(約188センチ)はあるだろう。チャコールブラックのスーツを身にまとい、その仕立ては彼の身体の隅々にまで完璧にフィットしていた。短く整えられた黒髪。顔はきれいに剃り上げられているが、口元には小さな口髭を蓄えている。不自然なほど青い瞳は見る者を不安にさせるほど深く、氷をも切り裂くような鋭い顎のラインと、まるで完璧な神によって造形されたかのような美しい頬骨が印象的だった。
彼女はごくりと喉を鳴らし、あわてて視線をそらした。見とれていたことに気づいたからだ。彼には人をそうさせる何かがあり、彼自身もおそらくそれを自覚し、楽しんでいるのだろう。
「どこかで座って話せませんか?」
彼がそう尋ねると、ローリはバーディの方をちらりと見た。彼女は鷹のような鋭い目でこちらを監視している。
「今ですか? まだシフト中なんですけど」
「あなたは?」
ローリは尋ねた。
「ガブリエル・ケインです。ここ二週間、あなたが母乳を提供してくださっている赤ん坊の父親です」
「ああ。グレースさんとは今日もっと遅くに会う予定だったはずですが」
ローリが考え込むように言うと、男は頷いた。
「ええ、存じています……ただ、あなたと話したかったのです」
バーディがすでにこちらへ近づいてきていた。
ローリは彼女を一瞥し、顔をしかめた。
「分かりました。あと十分で終わりますから、その後でもいいですか? ただでさえ試用期間中なので、これ以上店長を怒らせたくないんです」
彼女が言うと、彼は頷いた。
「いいでしょう。外のあの黒い車で待っています」
彼はそう言いながら、外に停めてある流線型の黒い車を指差した。それ以上何も言わず、彼はダイナーを出て行った。
シフトが終わると、ローリはロッカールームへ行き、着替えた。
まともな服を着ていてよかった。色あせた赤いドレスと古びたドクターマーチンのブーツだが、少なくとも人前に出られないほどではない。
ダイナーを出ると、ミスター・ガブリエル・ケインはすでに車から降りており、助手席側に回って彼女のためにドアを開けようとしていた。
紳士ってこと?
なんて驚きだ。男性にドアを開けてもらった記憶なんて、ローリにはなかった。
高級車に乗り込むと、すぐに彼のコロンの香りに包まれた。ダイナーでもかすかに感じたが、車内はその香りで満たされていた。信じられないほどセクシーで、男らしく、自信に満ちた香りだ。彼女は革のシートを撫でた。おそらく、これまでの人生で目にしたどんなものよりも高価なものだろう。
くそっ、高そう。
赤ん坊のエミリアの家族が裕福だとは薄々感づいていたが、これほど金持ちだとは知らなかった。
「まず最初に、あなたの協力に感謝を伝えたい。ご自身も辛い状況にありながら、娘に優しさを向けてくださったこと、感服いたします」
「どうお返しすればいいか」
ローリは首を横に振った。
「お礼なんていりません、ケインさん」
グレースは確かに申し出てくれた。最初に母乳を受け取りに来た日、彼女はローリのアパートを見て、援助を申し出てくれたのだ。
「分かっています。通常の状況なら私も提案しませんが、あなたに折り入って頼みがあるのです、ワイアットさん」
「頼み、ですか?」
ローリは繰り返した。
ガブリエル・ケインのような富豪が、自分のような人間に何用だというのか?
「ご存知の通り、グレースが娘の唯一の世話係です。生まれた時からずっと面倒を見てくれています」
「エミリアちゃんは生まれた時に母親を亡くしましたから」
ローリは頷いた。
「しかしグレースも高齢で、疲れやすくなっています。我々は乳母(ナニー)を雇うことにしたのですが、グレースが推薦できるのはあなたしかいないと言うのです」
「ナニーですって!?」
ローリが声を上げると、ガブリエルは頷いた。
「断るというならその決断を尊重しますが、引き受けていただければ私も安心です。報酬は弾みますよ」
そう言って、彼は契約書を手渡した。
ローリは震える手でそれを受け取った。
これは現実なの?
彼女はページに目を通した。月額一万ドルに加え、諸手当という文字が目に飛び込んできた。
はあ?
一万ドル!?
条件はシンプルだった。住み込みのナニーとして、エミリアの世話をし、愛情を持って接すること。
「どうですか?」
男に尋ねられ、ローリは口を開いたが、言葉が出てこない。
ゆっくりと喉の調子を整え、彼を見た。彼はじっと彼女を見つめ、鷹のように彼女の一挙手一投足、感情の揺れ動きまで逃すまいとしていた。
「契約書を読んで、オファーについて考える時間をください」
ごくりと唾を飲み込みながら、彼女は言った。
彼は頷いた。
「いいでしょう。ですが期限は明日の夕方までです。これを」
彼はパリッとした名刺を手渡した。
「決心がついたら電話を。あなたと荷物を迎えに車を寄越します」
車を降りた後、彼女は走り去る彼を見送りながら、呆然として書類を握りしめていた。
