チャプター 4.
エミリア・スザンナ・ケイン。彼はその名が気に入っていた。エミリアは癌で亡くした幼馴染から、スザンナは彼女の母親からとったものだ。
ついに彼女を家に連れて帰ることができた。満月のすぐ後、彼は病院へ彼女を迎えに戻ったのだ。
グレース夫人は、すでに彼女の世話を見事にこなしていた。
泣く回数は徐々に減っていたが、ガブリエルの直感が告げていた。それは悩みごとのほんの序の口に過ぎないだろうと。
エミリアもまた、他の赤ん坊と変わらなかった。食べて、寝て、排泄して、泣く。エミリアはその一つひとつの務めに真剣に取り組んでいた。
彼女はよく食べた。ドナーミルクだけでは足りず、粉ミルクを足さなければならないほど、哺乳瓶を次々と空にした。日中はよく眠った。家の中の誰一人として音を立てなければ、昼寝の時間は邪魔されることなく続いた。同じくらい、よく出した。初めておむつを替えた時、ガブリエルは愕然としたものだ。思わず医者に電話をかけたほどだ。「赤ん坊のうんちが緑色なんですが、大丈夫なんですか?!」
医者は正常だと言った。だが、あの臭いときたら! その強烈な臭いは至る所に染みついた。彼女の臭うおむつは、人狼である彼の繊細な嗅覚にとっては脅威以外の何物でもなかった。半マイル先からでも嗅ぎつけられるし、おむつの中を確認せずとも、いつ交換が必要か即座にわかってしまうのだ。
エミリアの時間感覚は奇妙だった。昼間は眠りこけ、夜になると彼らを恐怖に陥れる。実際、家に連れ帰ってからの最初の二晩、彼は一睡もできなかった。
何をどう試しても、夜通し眠らせることはできなかった。彼はできる限り夜中にグレースを煩わせないようにした。彼女は日中の仕事だけで手一杯だし、そもそも住み込みのスタッフではないのだから。
実のところ、それが乳母(ナニー)を雇おうと考え始めた理由の一つだった。
それに、新生児の世話をするにはグレースが高齢すぎるという事実もあった。
グレースはミス・ワイアットを推薦した。その若い女性にとっても悪い話ではないはずだと言う。それに、彼女はすでにミルクを提供してくれていた。ガブリエルは懐疑的だったが、グレースの意向を尊重し、オファーを出すことに決めた。
ロレッタ・ワイアット。謎めいた女性だ。ネット上にはこれといった情報がなく、SNSのアカウントさえ見つからなかった。市のデータベースで照合して出てきたのは、運転免許証の粗い写真と基本情報だけ。二十二歳。若い、あまりにも若い。漆黒の髪に、大きなヘーゼル色の瞳。美しいが、どこか暗くミステリアスな影を帯びていた。
情報を見る限り犯罪歴はなかったが、ガブリエルはそれが彼女の全てではないような気がしてならなかった。それに、彼女は妊娠していたのだ。赤ん坊を亡くしたとはいえ、家族やパートナーがどこかにいるはずではないか。
彼は弁護士に契約書を用意させた。誰が見てもすぐに飛びつくような好条件の契約書だ。準備が整うと、彼は彼女が働く「ジェイズ・ダイナー」へと車を走らせた。
駐車場に停めた車の中からでも、彼女が働いている様子が見えた。小柄で華奢な体つき。二週間前に出産した女性だとは信じ難かった。優雅で気品ある身のこなしだが、その顔には何の感情も浮かんでいない。聡明で動きは機敏だが、瞳はどこか遠くを見ていた。諦念を抱いた人間の目だ。
彼女に興味が湧いた。強い興味が。
彼はゆっくりと車を降り、彼女のいるダイナーへと歩き出した。
近づくにつれ、彼女の匂いが鼻をかすめた。興味深い香りだ。ハーブの香りに、微かな血の匂い、そして淡いラベンダーの香りが混じっている。
彼女を改めて見たが、どこか怪我をしている様子はない。生理中なのだろうか。人狼であることは、時に難儀なものだ。あらゆる匂いを嗅ぎ取ってしまう。体内の病巣も、血の匂いも、感情さえも、まるで舌で味わうかのように感じ取れてしまうのだから。
相手が人狼であれば感知するのは容易い。人間だと少し難しくはなるが、不可能ではない。特にアルファである彼にとっては。
彼の嗅覚は、他の強化された感覚と同様、天からの贈り物であると同時に呪いでもあった。
「ミス・ワイアット、あなたがミス・ワイアットか?」
汚れたテーブルを拭いている彼女の背後から声をかけた。グレースは彼女をロリと呼んでいたが、彼はフルネームではなく名字で呼ぶことにした。
「ええ」
彼女は振り返りもせずに答えた。
「どこか座って話せないか」
彼女はようやく彼の方を向き――その瞬間、ガブリエルは腹を殴られたような衝撃を受けた。目に見えない力が、目の前の女性と自分を繋ぎ止めたかのような感覚。
彼は目の前の女性を見つめ、居心地の悪さに唾を飲み込んだ。
番(つがい)。彼女は、俺の番だ。
再び彼女を見たが、その瞳には何の予感も、認識の色も浮かんでいない。彼女は人間に違いない。だから「番の引力」を感じないのだ。彼女の場合、自覚するまでにはもっと時間がかかるだろう。何週間、あるいは何ヶ月も。その事実に気づく前に、まずは彼に恋をしなければならないのだ。
シフトが終わるまで待っていてくれと言われ、ガブリエルは車へと戻った。その足取りの中で、彼は思考の迷路に迷い込んでいた。なぜだ? なぜ、彼女なんだ?
若い狼だった頃から、彼はいつも自分の「番(つがい)」がどのような相手か想像を巡らせていた。自分と異なる存在だとは考えもしなかった。番は人狼であるはずだ。人狼でなければならないのだ。
月の女神の導きは常に不可解で、こうした状況を作り出すものだが、今回はあまりにも厄介だ。
彼はアルファだ。史上最強の血統を持つ、最高の群れの一つを率いるアルファだ。それなのに、自分のルナが弱い存在だなんて。人間だなんて、あり得ない。
まったく辻褄が合わない。
このことは胸にしまっておこう。どうすべきか決断するまでは、誰にも言わないでおく。
数分後、彼女がダイナーから出てきた。重ね着風の赤いドレスにブーツという出で立ちだ。ポニーテールをほどき、髪を自由になびかせている。制服を脱いだ彼女は、ずっと良く見えた。いや、美しいとさえ思った。
彼が車を降りてドアを開けてやると、彼女の顔に驚きの色が浮かんだのが見て取れたが、彼女は何も言わなかった。
再び彼女の匂いが鼻をかすめた。ラベンダーの香りが先ほどより強く、圧倒的なほどに漂ってくる。きっと香水をつけたのだろう。
これは困難な道のりになりそうだ。ひどく困難な。もし彼女がエミリアのナニーになるのなら、距離を置かなければならない。番の絆が強くなればなるほど、彼女への想いを否定するのは難しくなるだろうから。
月給一万ドル。ロリはこれまでの人生で、それほどの大金を手にしたことも、目にしたことさえなかった。あり得ない話だ。娘のナニーをするだけで、あの男性がそんな大金をくれるなんて、夢のような話だった。
彼はグレースの頼みを断って、もっとプロフェッショナルな誰かを選ぶことだってできたはずだ。彼女より優れた誰かを。
なのに、彼はロリを選んでくれた。
もし彼女の過去を知っていたら、そう簡単にはいかなかったかもしれない。彼女が何をしたかを知っていれば、オファーすらしなかっただろう。
彼女は契約書をコーヒーテーブルに置き、家の電話を取り上げて再びフラー家に電話をかけた。いつものようにボイスメールに繋がる。
電話に出てくれない。
ロリはため息をついた。
ついに、彼らと直接向き合う時が来たのかもしれない。彼らの家に行ったことはないが、住所は知っていた。以前、書類で見かけた時に書き留めておいたのだ。フラー夫妻は彼女に対して非常に事務的で、家に招待してくれることなど一度もなかった。
今こそ、その時なのかもしれない。
そう考えながら狭い自室に入り、色あせた黒のジーンズと大きめのグレーのTシャツを選んだ。ブーツをフラットシューズに履き替え、顔を洗ってから家を出た。
フラー邸は彼女の家から二十分ほどの距離にあった。街の雰囲気はまるで違うエリアだ。
アン・フラー夫人と初めて会った日のことを、彼女は鮮明に覚えていた。それは妊娠が発覚した日だった。食べ物をまったく受け付けないので胃腸炎かと思って病院に行ったところ、医師から妊娠三ヶ月だと告げられたのだ。生理不順だったため、その三ヶ月間も出血があったことで、妊娠しているとは夢にも思わなかった。
最初に頭をよぎったのは中絶だった。すぐにでも処置したかったが、時期が遅すぎたし、考えるだけで恐怖で足がすくんだ。
看護師が病室に入ってきて、養子縁組のパンフレットを渡してくれた。ロリはそれを受け取り、病室を出た。その帰り道、痩せた細身の女性とぶつかった。女性はパンフレットを拾うのを手伝ってくれ、自己紹介をした。
彼女はロリを家まで送ると申し出た。その時ロリは、なぜこの女性が自分にそんなに親切にしてくれるのか理解できなかった。女性はファストフード店に立ち寄り、何か食べるかと尋ねてきた。ロリは気が引けたが、空腹には勝てず受け入れた。食事中、アン・フラーは妊娠しているのか、養子に出すことを考えているのかと尋ねてきた。ロリは頷いた。するとアン・フラーは自身の身の上話を始め、夫と十年もの間、子供を授かろうと努力してきたことを語った。
そして彼女は単刀直入に、ロリの赤ちゃんを養子に迎えたいと言った。ロリは混乱した。すべてがあまりに急だったからだ。
最初は疑っていたが、調べてみると、この街だけでもどれほど多くの子供たちが養子縁組を待っているかを知った。ロリ自身も施設で育ったため、それがどういうことか、どうなり得るかを痛いほど知っていた。
その後、フラー夫人は熱心になった。食事を運んでくれたり、毎日様子を伺う電話をくれたり、検診の送迎を申し出てくれたりした。そして三週間後、ロリは折れた。彼らはいい人たちだ。善良で素敵な人たちだ。自分の赤ちゃんは安全な手に委ねられるのだと。
一週間もしないうちに契約書が作成された。ロリは署名し、出産と同時に母親としての権利を放棄することになった。フラー夫妻は、ロリが赤ちゃんと接触することはなく、もし会ったとしても、自分が生みの親であることは明かさないという条件を提示した。
ロリは同意した。すべてに同意したのだ。それが最善なのだと自分に言い聞かせた。彼はより良い環境で育つのだと。避けられない事態が起きるまでは、そう信じていた。
タクシーはフラー邸の前で停まった。ピケットフェンスに囲まれた素敵な白い家。誰もがそこで家族を持ちたいと夢見るような家だ。芝生は完璧に手入れされ、明かりが灯っている。
フラー一家は在宅だ。
