チャプター 5
ルーク視点
一方、家では、僕と弟と妹が映像を見ながら大はしゃぎしていた。
レヴィが拳を空に突き上げた。「ママ、すげー! 見たかよ、あの一発逆転!」
「やっちゃえ、ママ!」リリーがツインテールを揺らしながらくるくる回る。「あの意地悪な女、いい気味だわ!」
映像の中では、ママに喧嘩を売った性悪女が、完膚なきまでに叩きのめされていた。
ママは、今朝僕が彼女のジャケットに狼の毛を忍ばせたことなんて気づいていない。新しい職場で誰かにいじめられないか心配だったけど、まさか本当にこんなことになるとは!
僕はまだ5歳だけど、生まれつき勘が鋭いんだ。ママさえ知らない特殊能力があって、自分の狼の毛を誰かに付けると、その周囲の映像や音声を感知できる。脳波をコンピュータに接続すれば、毛が捉えた視覚情報や音声をモニターに出力することだってできる。
「あの男も、あの魔女と同じくらい最悪だ」僕は拳を握りしめて唸った。「あの女に加勢してママを寄ってたかっていじめるなんて。僕らの家族を傷つける奴は、誰だろうと逃がさない」
狼の血が騒ぎ出し、なんだか落ち着かない、怒りのような感情が湧き上がってくる。
「待って……」リリーがタブレットの画面に鼻を押し付けた。「ルーク、その男の人、レヴィにそっくりじゃない?」
僕はタブレットを掴み、男の顔をまじまじと見つめ、弟の顔と見比べた。その激似ぶりは……不安になるほどだった。
ママはパパの話を絶対にしなかった――一度もだ。でも、これが偶然なんてあり得るか?
答えが必要だ。
スマホを取り出し、その男について検索をかけた。トップに出てきた結果を見て、僕は血の気が引く思いがした。
『グラマー・レンズ建設現場で事故、作業員が入院――タイタン・インダストリーズ、安全違反で捜査対象に』
記事には映像と同じ男の写真が載っていた。彼の会社が建材をケチったせいで崩落事故が起き、女性作業員が昏睡状態になったらしい。
「ニュースに出るような人なんだ」リリーが彼の写真を指差して囁いた。「ルーク、もしこの人が本当のパパだったらどうする?」
「あり得ないよ」僕はきっぱりと首を横に振った。「僕らのパパなら、ママを愛して守ってくれるはずだ。この最低野郎は、あの女がママを攻撃している間、ただ突っ立って見ていただけじゃないか」
口ではそう言ったものの、腹の底では何かが違うと告げていた。僕の狼としての本能が、この男は僕らと何か繋がりがあるはずだと叫んでいるようだった。
「調査しに行くぞ」僕は宣言し、すでに計画を練り始めていた。「レヴィ、お前は僕と一緒にそのグラマー・レンズって場所に来い。こいつの正体を突き止めるんだ。リリー、お前はここで留守番だ。ママが帰ってきたらすぐにメールしてくれ」
「うわぁ、秘密の任務ね!」リリーは大げさに敬礼した。「任せて、ルーク捜査官!」
アレクサンダー視点
フレイヤのデザインコンセプトを聞いて、ティファニーがキレた。「このアマ! よくも――」
俺は二人の間に割って入り、アシスタントに目配せをしてティファニーを取り押さえさせた。
フレイヤに向き直り、俺は言った。「給料は二倍出す。管理職のポストも好きなものを用意しよう。これでチャラにしてくれ」
「予想通りの反応ね」フレイヤの声からは軽蔑が滲み出ていた。「負けを悟った瞬間に彼女を引きずり出して、土下座させずに済ませようとするなんて。いかにもアルファらしいやり方だわ」
俺は奥歯を噛み締めた。ティファニーが余計な口を利いて合意さえしなければ、こんな事態にはなっていなかった。彼女は後先考えずに喋る癖があり、そのツケを今全員で払わされているのだ。
だが、俺の庇護下にある人間をフレイヤに辱めさせるわけにはいかない。
「他の方法で埋め合わせはする」と俺は提案した。
「約束通りのものが欲しいわ。彼女よ。膝をついて、謝罪させるの」
「これ以上俺を怒らせるなら、ジュエリー業界から『クリスタル』という名を永久に消し去ってやるぞ」
フレイヤの瞳が氷のように冷え切った。「脅迫のつもり?」
「どうとでも取ればいい。俺にはそれを実行する力がある。さあ、どうする――妥協するか、自分のキャリアが燃え尽きるのを眺めるか」
「アルファ! 緊急事態です!」ベータのケイレブがオフィスに飛び込んできた。
俺は彼を鋭く睨みつけた。「くだらない用件だったら承知しないぞ」
部屋にまだ二人の女性がいるのを見て、ケイレブは口をつぐみ、慌てて俺のそばへ駆け寄った。
「グラマー・レンズのマネージャーから電話がありました」彼は切迫した様子で囁いた。「あの男が戻ってきたんです――例のトラブルメーカーです。でも今回は人質を取っています。撮影に来ていた子供です。あなたと直接話したいと要求しています」
顔から血の気が引いた。子供が人質となれば、話はすべて変わってくる。
「案内しろ。今すぐだ」
俺は走り出しながら、背越しに言い捨てた。「この話は後だ、クリスタル」
『グラマー・レンズ・キッズスタジオ』
現場は修羅場と化していた。中年の男が泣き叫ぶ子供を胸に抱え込み、銀色の拳銃をその小さな頭に押し付けている。
「この人でなしどもが!」男が絶叫した。「俺の息子は半年もここで働いたんだぞ、一銭も貰えずにな! お前らの安っぽい鉄パイプのせいで、あいつは今病院で死にかけてるんだ。電話一本寄越しやしねえ! 今日ボスに会えなきゃ、このガキを道連れにしてやる!」
「ルーク、助けて!」男の子は小さな手を伸ばして泣き叫んだ。「怖いよ!」
もう一人の少年が、大人たちに取り押さえられながら暴れていた。「離せよ! あいつを助けなきゃいけないんだ!」
俺は両手を挙げて前に進み出た。「私がアルファのアレクサンダーだ。望みがあるなら聞こう。だからその子を放してくれ」
「俺の息子はあんたらの手抜き工事のせいで、何週間も意識不明なんだ! 毎日助けを乞いに来てるのに、お前らの部下は俺をゴミみたいに扱い腐って。……いいか、今、俺の手にはあんたの息子がいる。同じ父親同士だ――きっちり償ってもらわなきゃ、あんたにも子供を失う苦しみを味わわせてやる!」
「その子は私の息子じゃない」俺は即座に否定した。「その子には何の関係もないことだ。望みを言え」
五年前の過ちは一度きり、それもティファニーとの情事だけだ。
あの夜のことは混乱していてよく覚えていない。後になって彼女からそう聞かされただけだ。俺の知る限り、彼女は妊娠していなかったはずだ。
「聞いたか、坊主? パパはお前なんかいらないってよ!」男の声が凶悪な響きを帯びた。「ほら、呼んでみろ。『助けてパパ』ってお願いするんだよ」
「パパじゃない!」子供が泣き叫ぶ。
「まだ嘘をつく気か? その可愛い顔を切り刻んでやろうか」
男は子供の顔を殴ろうと手を振り上げた。
「やめろ!」止める間もなく、喉から叫びがほとばしった。
恐怖で理性を失った少年が叫ぶ。「パパ、助けて! お願い! すごく怖いよ!」
『パパ』――その一言が、物理的な衝撃のように俺を貫いた。アルファとしての本能が猛り狂い、俺の中にあるすべての守護本能が震える子供へと集中した。
「怖がるな」俺の口から言葉が漏れた。「パパはここにいる」
「やっと認めやがったな!」犯人が唸る。「なんて父親だ」
「俺を恨めばいい。その子には手を出すな。金でも治療費でも未払い賃金でも、望むものは何でも俺が何とかする」
「俺の息子はあんたの強欲さのせいで死にかけてるんだ! 治療費すら払おうとしないくせに!」男の声が絶望で裏返った。
限界を超えているのが見て取れた。
「全額負担する。医療費も、未払い分も、必要なものはすべてだ。だから――俺の息子を傷つけるな」
自分で気づくよりも早く、その言葉は口をついて出た。『俺の息子』。
「ケイレブ! カバンだ!」
助手が、百ドル札の束が詰まった黒いアタッシュケースを手渡してくる。
「百万ドルだ。他にも問題があるなら解決しよう。ただ、その子を放すんだ」
現金の山を見て、男の決意が崩れた。彼は子供を解放すると膝から崩れ落ち、銀色の拳銃が床を滑って音を立てる。男は泣き崩れた。
俺は駆け寄り、子供を抱き上げた。「もう大丈夫だ。安全だよ。パパがついてる」
抱きしめた感触は……『正解』だった。自然で、知らず知らずのうちに欠けていた何かが埋まるような感覚。暴れた際に俺の髪を掴んでいたのか、少年の小さな拳には俺の黒髪が数本絡まっていた。
「アルファ」ケイレブがおずおずと近づいてきた。「あの男はどうしますか? 警察を呼びますか?」
俺は床に跪いたままの打ちひしがれた父親を見下ろした。「いや。息子のところへ行かせてやれ。それと、なぜ賃金が支払われていなかったのか調べろ。誰かに責任を取らせる」
やがて少年は俺の腕から降りると、兄らしき少年の手を取り、二人で歩き去っていった。
俺は遠ざかる二人の子供の背中を、物思いに耽りながら見送った。
「ママには内緒だよ」年上の少年がそう言うのを、俺の強化された聴覚が捉えた。
ケイレブが気まずそうに身じろぎした。「ええと、その件ですが……」
「明らかに問題がある。修正しろ」俺は一拍置いた。「ついでにクリスタルの身辺調査もだ」
