第30章

結城時也は車のキーを運転手に渡し、地下駐車場から車を回してくるよう指示した。

彼は藤堂詩織に目をやり、それから少し困惑したような白川詩帆の視線に気づくと、瞬時に状況を察した。そして、突然藤堂詩織の手首を掴み、彼女を脇へと引き寄せた。

彼の手指はひんやりとしていたが、その力は弱くなかった。

「これは詩帆の人生で初めての個展なんだ。彼女は今日、とても緊張している」

彼は白川詩帆に聞こえないよう声を潜め、有無を言わせぬ親密さを込めた口調で言った。「彼女はまだ君に慣れていないし、今日は彼女の個展の開催日だ。道中ただでさえ緊張しているのに、もし車に見知らぬ人がいたら、もっと居心地が悪くなるかもし...

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