第35章

鍵が鍵穴に差し込まれ、回る。藤堂詩織は意識してその動作を静かに行った。

二階の寝室のドアの隙間から、暖かな黄色の光が漏れている。それはまるで目の前に横たわる不可視の障壁のように、二つの世界を隔てていた。

藤堂詩織がドアを押し開けると、せわしなかったキーボードの音がぴたりと止み、空気がその瞬間、凝固したかのようだった。

結城時也は書斎机の向こうに座っていた。鼻梁には金縁の眼鏡がかけられ、レンズが反射する光でその眼底の感情は窺えない。ただ、引き結ばれた顎のラインがいつもより鋭く、たった今まで仕事をしていた疲労感を帯びていた。

「帰ったか」

彼の声は事務的で、藤堂詩織にそう声をかけながらも...

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