第8章

「……あり得ない!」

水宮雪音は声を荒らげた。

「私たち、もう離婚協議書にサインしてる!」

五年前――村坂博が署名済みの書類を持ち、水宮雪音を連れてT市を出た。

あの紙は今も、書類箱の中に白紙黒字で残っている。

「江原翼。私たちは五年前に終わってる! もう何の関係もない!」

胸の奥で渦巻くものを必死に押し込みながら、雪音は黒く沈んだ瞳を真正面から見返した。

垂れた手は、いつの間にか拳を握りしめている。院長が呼んだ『江原奥さん』という言葉が、棘みたいに脳裏に刺さった。

雪音は鼻で笑う。

「結婚なんて、事故みたいなものよ。感情なんて最初からなかった。今の江原奥さんは別にいるでし...

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