第2章
私は彼女を、目を逸らさずに睨みつけた。
貴美がふっと笑う。次の瞬間、私の右腕を鬼みたいな力で握りつぶしてきた。骨が軋む。痛みで声が漏れたところで、ようやく手が離れる。
「勝てないのよ、ユカリ」
私の顔色が真っ青になっているのを満足そうに眺め、貴美は取り巻きに囲まれたまま、悠々と教室を出ていった。
教室はすぐに、空っぽになった。
折れた右腕を引きずりながら、私は講義棟を出た。記憶を頼りに工学部の地下へ潜り、建材の保管庫に滑り込む。手近な建築資材を漁って、骨折した腕を適当に固定した。
後遺症は残るのか。骨はずれていないのか。わからない。口座残高が一桁の人間に、そんな心配をする資格なんてない。
三日後。私は機械動力学の上級実験の廊下に戻ってきた。
さっきまで騒がしかった教室が、私を見た瞬間、嘘みたいに静まり返る。
次いで――ぱんっ。
飲みかけのコーヒーが狙いすましたみたいに私の頭に叩きつけられた。氷とべたつく液体が髪を伝い、襟元へ流れ込む。どっと笑いが弾ける。
「うわ、下水みたいな悪臭のメス犬が、よく戻ってこられたね?」
「そのギプス腕、キモい奇形の突然変異みたいじゃない?」
細井教授が教壇に上がり、黒板をコンコンと叩いて騒ぎを止めた。
「静かに。今日の『微小動力システム』課題は四人一組で行う。実験室の資材を使って、革新的な変換器を組み上げること。期末評価の30%を占める」
学生たちは一斉に固まり始めた。どの班も私を入れようとしない。普段、たまにノートを借りに来る平民の学生でさえ、私と目が合った途端、気まずそうに背を向けた。
私がひとり取り残されるのを見て、細井教授が言う。
「鈴原。古井さんの班が一人足りない。君はそちらへ入れ」
貴美の顔に一瞬だけ不快が走ったが、すぐに笑顔へ切り替わる。
「もちろんです、教授」
私は彼女たちの作業台へ向かった。だが、同じ班の佐々木がいきなり両手を伸ばし、私の肩を強く突き飛ばした。
右腕のギプスが机の角にごんっと当たる。激痛で膝が抜け、私は危うく床に崩れそうになる。
「近寄んな。スラムの臭いがする泥棒」
佐々木は私の靴先の近くに、ぺっと唾を吐いた。
「てめえみたいな半端な障害者、金なくて治してない感染症でも持ってんじゃないの? ゴミ漁りした汚い手で、うちの高精度コンデンサに触れんなよ」
隣の木村は、廃棄されたネジの束を掴み、私の顔へ叩きつけた。がしゃっと金属が弾け、頬が熱くなる。
「理解した? こっちは古井グループ特供の宇宙グレード可変抵抗器使ってんの」
木村が鼻で笑う。
「一ミリでも壊したら、あんたの臓器全部抜いても払えないよ。後ろで埃でも食ってな。下品な盗作ビッチ」
貴美はというと、片手のミネラルウォーターをゆらゆら揺らしながら、私の醜態を見物していた。
私は背を向け、そのまま実験室の一番奥へ歩いた――廃棄された消耗品とジャンク部品が山ほど詰め込まれた、金属の回収ボックスがある場所へ。
排除された私が作業できるのは、ボロい予備机ひとつだけ。連中が「ゴミ」と呼ぶ廃材を寄せ集め、無理やり組み上げていく。
三時間後、各班が成果物を提出し始めた。
佐々木は高価な素材を積み上げた、豪奢な模型を得意げに抱えて教壇へ向かう。私が、廃棄基板とテープだらけの銅線でできた「ガラクタ」を講卓の採点トレイに置いた瞬間、佐々木は大げさに腹を抱えて笑い出した。
「なにそれ? ホームレスの排泄物?」
佐々木は膝で、無事なはずの左脚をがつんと蹴った。
「ユカリ、貧乏で頭いかれた? ガラクタくっつけただけで、大学があんたん家のスラムのゴミ捨て場だと思ってんの?」
「脳みそに入った水、まだ乾いてないみたいね」
貴美が、私にだけ聞こえる声量で囁く。
「そんな救いようのないゴミ出すなんて、自分を侮辱してるだけじゃない。教授を侮辱してるの。覚悟しなさい。荷物まとめて学校から消えな。盗作犬――私に逆らった罰よ」
足の甲に、針で抉られるような痛みが走った。それでも私は、呻き声ひとつ漏らさない。
連中にとって、錆びた金属を寄せ集めただけの醜い外殻は、笑い話だ。だが、この馬鹿どもは知らない。その中身が、微小動力の変換効率を非常識に40%引き上げる――絶対的な革新構造だということを。
「ゴミかどうかは」
私は足の痛みを無視し、氷みたいに貴美を見据えた。
「通電テストすれば、わかる」
