第3章
私がガラクタを寄せ集めて作った「作品」は、結局のところ落第という運命から逃げ切れなかった。
細井教授は教室のど真ん中で、私に「F」を突きつけた。
佐々木と木村の嘲りが飛び交う中、私は無表情のまま手元の不合格の評価表を見つめた。胸の内は、妙なほど静かだった。
期末期間。そして上級マイクロダイナミクスの最終筆記は、今日の午後。
これが単位を拾える最後のチャンスだと、私はわかっていた。
だからこそ――貴美が、私の思いどおりにさせるはずがない。
彼女が放ってきた、いちばん毒のある餌。それが、彼女の婚約者――藤原颯斗だった。
法科の看板。しかも、億万長者の御曹司。そんな颯斗が突然、私に猛攻をかけてきた。見たこともないような高価なものを惜しげもなく並べ、金とコネで殴ってくる。
端正な顔と、甘い眼差しの仮面。それで「スラム育ちの清純派」なんて、簡単に堕ちるとでも思ったのだろう。
だから、今日の午後。試験開始のチャイムがキャンパスに鳴り響いたとき、私は試験会場にいなかった。
廊下の奥、壁にもたれて息を潜める。数歩先の曲がり角の向こうから、声が聞こえた。
「任務完了だ、貴美」颯斗の声には得意げな色が混じっている。
「彼女をニューポート・ビーチに連れていった。期末には間に合わない。もう詰みだよ。安心していい」
「さすが、ダーリン」貴美がご褒美みたいに颯斗へキスをする。
「あの貧乏くさい野良猫が普段どれだけ調子に乗ってるか、あなたにも見せたかったわ。今? あいつは下品な酸っぱい臭いのする盗作女。もうすぐ学術委員会に叩き出される」
私は暗がりに立ったまま、その「祝勝会」を黙って聞いていた。出ていって暴く気もない。
だって、欠席は私の意思だ。
ポケットのスマホがぶるっと震える。画面には「科技创新局」。そのまま通話を取った。
「鈴原様、おめでとうございます!」
「鈴原様のマイクロ動能・高転化率構造は、シリコンバレーの『星図科技』が300万ドルで権利を全て買い取りました! さらに審査委員会の全会一致で、本年度の『全日工程イノベーション先駆者賞』を鈴原様に授与することが決定しております!」
私は、自分の重たいギプスの手を見た。
「ありがとうございます。賞金はいつ振り込まれますか」
「いま、そちらの学校へ向かっております!」相手は熱に浮かされたように続ける。
「賞金の小切手とトロフィー、それから『WIRED』のインタビューチームも同伴です。なお、国家最高学術条例により、このクラスの国家級イノベーション賞を受賞した学生は全額奨学金の対象となり、さらにご本人名義の関連専攻における期末評価は免試で自動的にA+となります!」
「把握しました。学校で待っています」
通話を切り、私は影から歩き出した。
広場を横切ろうとした瞬間――背後で、耳を裂くようなブレーキ音。
レンジローバーが急にハンドルを切り、悪意たっぷりに歩道脇の水たまりを踏み潰した。
「ばしゃっ」
濁った冷たい泥水が、一気に私へ降りかかる。
ゆっくりと窓が下がり、貴美の顔が現れた。後部座席には細井教授、それから佐々木たち。
「やだ! 最悪!」貴美はわざとらしく口元を押さえる。
「道端にゴミの塊があるなんて見えなかったわ。びっくりして漏らした? 盗作犬」
佐々木が身を乗り出し、食べかけのファストフードの袋を私の胸に投げつけた。
「ゴミはゴミ同士で仲良くしろよ!」佐々木が腹を抱えて笑う。
「ユカリ、お前は一生かかってもこの車のタイヤ一本すら買えねえ。お前のガラクタを百年スクラップで売っても、泥の上で私たちを見上げてるのがお似合いだ!」
細井教授までが冷淡に私を見て、ネクタイを整えながら言った。
「古井君、行くぞ。工学部の本館で『星図科技』の大物を出迎える。期末試験すら受けない学術の腐敗に構っている暇はない」
「……『星図科技』を出迎えるの?」私は顔を上げた。
「なに、悔しくて学術委員会に泣きつくの?」貴美は勝ち誇ったままアクセルを踏む。
「涙はスラムで流しなさい。あなたは脱落よ!」
レンジローバーのエンジンが唸り、土煙を上げて去ろうとした、その瞬間――
主キャンパスが、急に息を呑んだように静まり返った。
キャデラックが三台、広場へ滑り込み、貴美のレンジローバーを挟み込むようにして強制的に停めた。
十数人のセキュリティが一斉に降車し、続いて胸元に国家イノベーション局と星図科技の上位バッジを下げた幹部たちが足早に人垣へ向かう。先頭の男は、水晶のトロフィーを両手で抱えていた。
貴美と細井教授の目が一瞬で輝き、興奮したようにドアを押し開ける。
だが、その幹部は彼らに視線すら向けない。
路肩で呆然と立ち尽くしていた法科の学生をつかまえ、丁寧に頭を下げた。
「失礼します。天才発明家、鈴原ユカリ様はいま、どちらにいらっしゃいますか?」
