第64章 他人に触れられるだけでも汚いと感じる

杏璃は湯呑みを握る手をふと止め、何食わぬ顔で一口すすった。

「……八十五万」

ほどなくして店員がまた小走りで戻ってくる。

「8号室から……百万円です」

杏璃は細い指で湯呑みをきゅっと掴み、瞳の奥にかすかな衝撃が走った。

確かに上質な生地だ。けれど、百万円まで吊り上げるほどの価値があるかと言われると――割に合わない。

それでも九十歳の誕生日だ。父が亡くなってから、祖父にまともな贈り物をしていない。そう思うと、杏璃は静かに湯呑みを置いた。

「百十万」

部屋の係が8号室へ駆けていく。杏璃の胸の内も、さっきほど凪いではいなかった。

相手がこのまま意地になって釣り上げるなら、こちらは...

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