第6章
透哉視点
午後九時、俺はソファに座っていた。視線の先にあるのは、玄関の何もない空間。かつてはそこに、愛莉の靴があったはずなのに。
息が詰まるような静寂。彼女の疲れた足音も、キッチンからの小さな鼻歌も聞こえない。何もない。
手の中には、彼女が置いていった銀のネックレスがあった。何年も前、彼女が初めてこの家に来た時に俺が贈ったものだ。『おかえり、愛莉。今日からお前は、俺たちの家族だ』。胸が痛いほど締め付けられた。
その隣には、彼女の書き置きが。
『家を出ます。たぶん、もう戻りません。ケーキには手をつけていないので、英玲奈さんに返してください』
「本当に……いなくなっちま...
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チャプター
1. 第1章
2. 第2章
3. 第3章
4. 第4章

5. 第5章

6. 第6章

7. 第7章

8. 第8章

9. 第9章

10. 第10章


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