チャプター 7
サラは投稿作品に目を通した。作品はオンライン上で通称名のもとに集められており、カルヴィンが関心を示したのは「ハート」と名乗る者のものだった。
「このデザイナーは前にも私たちと仕事をしているわ」サラは応募データを閉じ、助手のほうへ向き直って言った。「スコット氏はハートのデザインがお気に入り。もっと踏み込んだ協業を持ちかけましょう」
カルヴィンはうなずいた。ハートのデザインは、彼の目には際立って映った。
数え切れないほどの応募作を見たあとだった。どれも、サンタクロースやクリスマスツリーで季節感を強調する、ありきたりな赤と緑の配色ばかり。そんな中、ハートが選んだベージュとブラウンのトーンは清々しいほど新鮮だった。
デザインは、足首まで届くフィットしたマーメイドスカートが主役で、背面にはそりの轍が描かれ、トナカイの意匠が飾りとして配されている――独創的で、しかも上品だった。
カルヴィンは大学で服飾デザインを学んでおり、審美眼にはうるさい。ここまで心を動かされたのは、何年も前の卒業制作展以来だ。
彼はかつてパトリシアの作品を見て、その大胆で前衛的な作風に衝撃を受けたことがある。
「パトリシアはかなり有名だよ。学生のころ、出るコンテストは全部受賞して、優秀卒業生として巣立ったんだ」友人たちはそう褒めそやした。
「どこの会社も引き抜き合戦なのに、あの子はチャーチ・グループの高給オファーを受けたんだぜ。うらやましい!」
パトリシアの名は、メトロスタイル服飾学院では知らぬ者がいなかった。
それ以来、カルヴィンはパトリシアを気にかけていた。モデル事務所を継いでから、チャーチ・グループとは仕事で時おり関わりがあり、やがてパトリシアが結局そこへ入社していないことも知った。
現在へ意識を戻すと、カルヴィンの指先はスケッチの上で名残惜しそうに止まった。彼は尋ねた。「このデザインでサンプルを作って、できるだけ早く用意できる?」
「問題ありません」
カルヴィンは笑みを浮かべ、サラと握手を交わした。「一緒に仕事ができるのを楽しみにしているよ」
サラも微笑み返した。
カルヴィンが出ていくや否や、助手が慌てたようにサラの執務室へ駆け込んだ。
「サラ、今すぐこのハートに連絡しますか?」
サラは書類を整えながら手を止め、顔を上げた。「連絡する必要ある? ハートはもう、うちの社員よ」
「え?」助手は意味がわからないといった顔をした。
呆然とした表情を見ると、サラは口元を歪め、近くの引き出しからひとつのフォルダを取り出した。
中には、ハートの応募作とまったく同じデザインが入っていた。しかも提出者の情報が添えられている。
そこに記されていた名前は、はっきりとこうだ――【アイリーン】。
「さっき言ったでしょう。ハートはうちと長期の案件ベースで組んでるって。わざわざ探す必要がある?」
助手はすぐに合点がいったが、不安げに眉を寄せた。「でも、知られたらまずくないですか?」
「ペンネームとアイデアの対価として、いい額を払えばいいの。十分価値があるわ」
サラはフォルダを指先で軽く叩いた。そこに問題があるとは微塵も思っていない。
最近、アイリーンはネットの噂の的になっていた。策略家だの計算高い女だのと決めつけられ、容赦なく叩かれている。
アイリーンの転落を目にして、サラは内心かなり満足していた。
そんなに時を置かず、アイリーンから連絡が来た。会社のコンペを利用してイメージを回復したい、要するにサラの影響力を使ってほしい――そう匂わせてきたのだ。
サラは最初、承諾する気はなかった。だが、アイリーンとチャールズは幼なじみで、チャールズの母親はアイリーンを実の娘同然に扱っている――その事実が脳裏をよぎった。
この縁を足がかりに、ルミナス・シティの財界人たちの覚えをめでたくできるなら、チャーチ・グループの株価はきっと跳ね上がる。
そもそも、こうしたコンペは最初から勝者が決まっていることも多い。アイリーンは自分でデザインする気はなく、参加者の提出作を買い取る道を選んだ。
彼女はハートの作品をひと目で気に入り、高値でも構わないとまで言った。
サラは一銭も出す必要はなく、ただ仲介役を務めればいいだけだった。それが彼女にはむしろ嬉しかった。
そのとき、ふいに携帯の画面が光り、アイリーンからのメッセージが届いた。
[サラ、約束忘れないでね! 愛してる!]
次の瞬間、サラの口座に高額の買い取り金が振り込まれた。
サラは目を翳らせ、画面を消すと助手に言った。「当選者リストを用意して。運営チームには予定どおり結果を発表するよう連絡して。ハートについては、別で個別に接触して」
助手は心得たようにうなずいた。
一方ここ最近、チャールズは家にいる時間がめっきり減っていて、パトリシアもそれに慣れていた。
けれどエミリーがしきりに、チャールズに電話していつ帰るのか聞いて、とせがんでくる。
エミリーがそこまでチャールズに懐いていることが、パトリシアには意外だった。前の人生では、エミリーはこんなにべったりではなかったし、執拗にチャールズを探したりもしなかったはずだ。
(チャールズとエミリーって、そんなに仲がいいの?)とパトリシアは首をかしげた。
「奥さま、前の生理のときお腹が痛そうでしたよね。ネットで見たんですけど、鶏のスープって生理痛にいいらしいんです。しばらく飲んでみてください、楽になりますよ!」
エリーがそう言って、手間をかけて作った鶏のスープの椀をパトリシアに差し出した。
パトリシアはソファにあぐらをかき、タブレットを指で流し見しながら言った。「そこに置いといて。冷めたら飲むわ」
「旦那さま、今夜お帰りになるかはおっしゃってませんでした。夕食の用意はどうしましょう?」
パトリシアが「要らない」と言いかけたとき、床を踏む靴音がした。
チャールズが入ってきた。仕事帰りらしく、顔には疲れがにじんでいる。
「パトリシア」彼は彼女のだらけた座り方を見て眉をひそめた。「話がある」
パトリシアは興味深そうに彼を見返した。
彼女はチャールズの後について書斎へ入った。
チャールズはスーツの上着を脱ぎながら切り出す。「エミリーももう入園の年齢だ。ポールにいくつか幼稚園を選ばせた。目を通して、良さそうなところがあるか見てくれ」
彼が書類を差し出し、パトリシアは丁寧に目を走らせた。
前の人生では、エミリーの入園先はミッシーが決めた。テアの息子、ジェット・アンダーソンと同じ幼稚園を選び、エミリーは年齢混合のクラスに入れられた。面倒を見てもらえるから、という建前だったが、実際にはジェットやほかの子どもたちにいじめられた。
パトリシアはその幼稚園の資料をゴミ箱に放り投げた。「ここはダメ。運営がぐちゃぐちゃよ」
チャールズが片眉を上げる。「どうして分かる?」
パトリシアは真面目な顔で言った。「エミリーの教育は大事でしょう。もちろん調べたわ」
彼女は自分が気に入った園をいくつか選び出す。「ここは良さそう。でも環境が実際どうかは、まだ分からないわね」
「幼稚園には見学日がある。エミリーを連れて行って、雰囲気を確かめればいい」
パトリシアはうなずいた。
「そういえば、旧邸に行ってきた」チャールズはカフスのボタンを外しながら言った。「祖父にエミリーのことを話したら、名字を変える件を聞かれた」
パトリシアははっとした。そのことを危うく忘れていた。
前の人生では、彼女とエミリーはアンダーソン家に迎え戻されたものの、エミリーの名字はすぐには変えなかった。ミッシーが彼女たちを嫌っていて、結局、エミリーが五歳になってようやくチャールズが連れて行き、改姓の手続きをしたのだ。
(どうして今回はこんなに早いの?)パトリシアは思った。前の人生でもウィリアムが提案し、チャールズが断っていたのではないか――そんな疑念がよぎる。
彼女が考え込んでいるのを見て、チャールズは咳払いをして呼んだ。「パトリシア」
パトリシアは我に返り、彼を見た。
チャールズは、彼女が娘に自分の姓を名乗らせるのを嫌がっているのだと思い込んだらしい。じっと見つめ、低い声で言う。「エミリーはもうアンダーソン家の人間だ。名字を変えるのは避けられない」
パトリシアもそれ自体には同意したが、彼の急な変化には釈然としなかった。
「よく考えて、答えを聞かせてくれ」
