第1章
「私は奨学金で通う、貧乏な学生だった。麗奈は代々の金持ちの令嬢で、誰も手を出せないチア部のキャプテン。
彼女は私を自分の上流世界に連れ回し、挙げ句の果てには、これ以上ないほど好いている相手――司、学校理事長の息子で冷酷無比な男のところへ、気前よく私を押しつけてきた。
けれど、司と私が本当に付き合い始めた途端、お姫さまは牙を剥いた。
彼女は大げさに階段から落ちたふりをして、私のわずかな貯金を吸い上げ、さらには一族の家宝のネックレスを盗んだ濡れ衣まで着せた。そして司は? 彼はあっさり私を捨て、鼻で笑った。私はただ、身分の階段を必死に上ろうとする安い小道具にすぎないのだと。
学校中から仲間外れにされ、ネットでも袋叩きに遭い、冬のフォーマルパーティーの夜には屋上に閉じ込められた。雪の中、凍え死ぬまで放置されて。
――なのに、目を開けたとき……
私は、あの耳をつんざくようなパーティー会場に戻っていた。ちょうど、麗奈が初めて私を司に紹介した、その瞬間に。
……
『司、こちら結衣。私の親友よ』
麗奈の声が、会場を揺らす重低音を切り裂いた。彼女は私の肩を強く掴む。
『奨学金で通ってるの。可愛いでしょう?』
私たちの前にいたのは司だった。バーに気だるげにもたれ、平然とこちらを見下ろしている。
ここが、すべての始まりだ。麗奈が私を引きずり出し、学校理事長の息子である「触れてはいけない」男に会わせた夜。一年にわたる屈辱といじめ、そして最後には私の死へと繋がった悪夢の始まりの夜。
『ねえ?』麗奈が肘でつついてくる。作り物の甘さが滴る笑み。
『挨拶して、結衣。司の家って、学校の半分を持ってるようなものなんだから』
「……トイレ、行ってきます」私は小さく、臆病そうに呟いた。
麗奈は明らかに司を自分のものにしたいくせに、私を彼に押しつけて「気前のいい親友」を演じるのが大好きだった。司も司で、芯まで腐っている。見下した嘲笑をそのまま楽しみ、私など塵ほどの価値もないと言わんばかりに合わせてくる。
前の人生での私は、最初から最後まで、あの歪んだ遊びの使い捨ての小道具でしかなかった。
トイレで、私は洗面台の縁に指を食い込ませ、蛇口をひねって顔に勢いよく水をぶつける。それから鏡を見上げた。
情けない引き立て役そのものの姿がそこにいた。安っぽくサイズの合っていないドレス、ぺたんと潰れた髪は、麗奈が「貸してあげた」と恩着せがましく言った、下品なラインストーンのヘアクリップで留められている。首輪の札みたいなものだ。
私は口紅を取り出し、唇にひと塗りした。そしてその悪趣味なクリップを引きちぎるように外し、髪をまとめて、きりりとした艶のある結び目にする。
もう、隠れない。
けれど、今すぐ牙を剥くわけにはいかなかった。麗奈は毒蛇だ。私が彼女の絶対支配から外れたと察した瞬間、反撃する前に絞め殺される。
それに司……司は、金持ちの皮を被ったサイコパスだ。
私は司を、自分の手の中の刃に変えなければならない。始め方なら、ちゃんと分かっていた。
今夜は彼の誕生日であり、同時に妹が自殺した日の命日でもある。
前の人生では、彼は泥酔していた。そこで私は致命的な間違いを犯した――人前で近づいたのだ。彼はグラスを壁に叩きつけ、その場で私を辱めた。私は身分の階段を上ろうとするだけの女だと、嘲りながら。
私はトイレを出てすぐ、少し開いたテラスへの脇扉のそばに、司がひとりで立っているのを見つけた。
煙草を乱暴に吸い込み、濃い煙を吐き出している。顎は固く、噛みしめられていた。
私は歩み寄った。
小さな銀色のミントケースを取り出し、彼に差し出す。
「煙草、体に悪いですよ」
暗く虚ろな目が、私に向けられた。
司は冷たく鼻で笑い、体ごとこちらへ向ける。
「お前に俺を指図する権利があると思ってんのか。失せろ」
私は瞬き一つしなかった。
「司、ちゃんと自分を大事にしてください。お姉さんは、あなたがそんなふうになってるの、見たくないはずです」
司の目にあった敵意が、音を立てて砕け散った。
今夜初めて、彼は本当に私を見た。
私はミントケースを、彼の手に押し込む。
「誕生日おめでとう、司」
言葉だけを背中越しに投げ、振り返らずに騒がしい人波へ戻った。
心臓が肋骨を突き破りそうに暴れていたのに、口元には冷たい笑みが浮かぶ。
麗奈にとって最悪の悪夢――司が、別の誰かに目を向けることが、いま始まろうとしていた。
司も麗奈も、ああいう思い上がった金持ちの子どもたちは、私を人間として見たことなど一度もない。
でもこの人生では違う。私は彼に、逃れられない執着を抱かせるだけじゃない。麗奈を滅ぼす、その刃そのものにしてやる。
案の定、麗奈は私がトイレに長く消えたことをすぐさま文句にした。
私は頭を下げ、いつも通り従順なペットを演じて宥めた。ヒールが痛いと愚痴れば彼女の車まで走って予備のフラットシューズを取ってくる。人前で私を笑いものにして、「お酒一口で安っぽいトマトみたいに真っ赤になるのね」と冗談を飛ばしても、黙って耐えた。
その後の日々も同じだった。
女子たちは私の背後で目を回し、麗奈の情けない踏み台だと嘲った。
『あんなに媚びて、何の得があるの? 麗奈が学費を払ってるわけでもないのに。タダ働きの負け犬じゃん』
好きに言わせておけばいい。私はただ俯き、麗奈に忠実な影としての役を完璧に磨いた。
無給のメイドとして毎日こき使われるだけでなく、彼女の溢れ返る自尊心まで丸ごと受け止めなければならない。
そして今、彼女がいちばん自慢しているのは司だった。
彼はチアの練習場に頻繁に顔を出し、高価な花束や特注のホットドリンク、手に入りにくい菓子を持ってくる。ときどき「ついで」みたいに、私の分まで添えて。
麗奈に仕えるふりをしながら、私は当然それを利用した。彼女の用事を走り回るついでに、司の周りで自分の存在を当たり前にしていったのだ。
麗奈が「ノーカロリーの抹茶ラテ買ってきて」と命じると、私は「ついでに」無糖のコールドブリューを手に取り、少し遠回りしてアイスリンクへ向かう。そして練習を終えた司に、ちょうどいいタイミングでそれを渡した。
