第3章
司は、私を大声で見せつけるように、衆目の的として公然と「自分のもの」扱いした。
私の授業の教室の外で待ち伏せする。
重たいチームジャケットを私の肩に掛け、ホッケースタンドの来賓用のファミリー席に座らせ、選手用トンネルのど真ん中で、まるで所有宣言みたいにキスまでした。学校中がそれを見ていた。
噂は野火のように広がった。
「金のない無名の奨学生が、いつの間にか理事の息子のベッドに這い上がったんだって」
私は怖いくらい頭が冴えていて、台本を拾い上げ、完璧な彼女役を几帳面に演じた。
古い服は捨て、身体に合うジーンズとリップグロスに替える。頭のてっぺんからつま先まで、完璧に「司の彼女」という型に収まってみせた。
廊下のロッカー前で手をつなぎ、抱き合い、キスをする。
麗奈の情けない腰巾着として過ごすという私の日課は、司によって断ち切られた。
外から見れば、私が救いようもなく司に恋をしてしまったように見えたはずだ。
けれど、司のほうにも微かな変化があった。
視線が、以前よりずっと私にまとわりつくようになった。
観客席に並んで座ると、司の親指が無意識に私の手首の内側、柔らかな皮膚をそっと撫でる。
真実を知らなければ、私たちが乱暴なくらい、危ういほど本気で愛し合っていると信じただろう。
そして、冬のガラの夜が来た。司は父親の取引先に取り囲まれてしまった。
私はそっと抜け出し、高く設えられたステージの端にある階段へ退いた。
「ここに自分の居場所があるふりをして、どんな気分?」
突然、麗奈が進路を塞いだ。
「司が本気であんたのこと気にしてるとでも?」
麗奈は脅すように一歩詰める。
「あんたはおもちゃ。小道具。飽きられた瞬間、ゴミと一緒に捨てられるだけよ」
「ただのおもちゃなら、なんでそんなに焦ってるの?」
私は首を傾げ、紅潮した彼女の顔をじっと観察した。
その一言で、麗奈の最後の理性の糸がぷつんと切れた。混じりけのない狂気が瞳に燃え上がる。
「このクソ女――!」
麗奈は飛びかかり、私をステージから乱暴に突き落とそうとした。
手が伸びてきた、その一瞬。私は横へ身をかわした。
麗奈の手は空を掴み、攻撃的な勢いのまま身体が前へ流れる。
彼女は甲高い悲鳴を上げ、頭からステージの下へ転げ落ちた。
冷たい床に倒れた麗奈は、苦痛にうめいた。ふくらはぎにぞっとするほど深い裂傷が走り、血が磨かれた大理石の上にみるみる溜まっていく。
人だかりが乱暴に割れ、司が押し分けて最前列へ出てきた。
前世の台本どおりだ。司は怒鳴り込むように駆け寄り、私の腕を強く掴み、泣きじゃくる麗奈のところまで半ば引きずっていった。
成金の生徒たちと理事会の人間が一気に囲み、息が詰まるような断罪の輪が私を閉じ込める。
「謝れ」司が命じた。
私は、恋人だとされている男を見つめ返した。
「私は触ってない。自分でつまずいたの」
「血が出てるだろ、結衣!」司は怒鳴りつける。
「ここで白を切るつもりか? お前のせいで床の上で震えてるんだぞ」
出血している脚を抱えながら、麗奈はわざとらしく情けない、それでいて嘲るような笑みを作った。
「いいの、司。無理に言わないで。私なんかが謝れだなんて、どうして言えるの?」
毒のある視線が私をなぞる。だが言葉の矛先は徹底して司に向いていた。
「今のあなたには、大事に大事にしてる『正式な彼女』がいるものね。私はそれに比べたら何? 彼女が何をしても、あなたは守るんでしょ? 今日、私の脚が駄目になっても……運が悪かったって諦めるしかないわね」
司に、私を庇う気など微塵もなかった。
それどころか、わずかに眉を寄せ、無力さと甘やかしを混ぜた偽善的な口調で言う。
「麗奈、そんな言い方するな。そもそもお前が最初に彼女を俺のところへ連れてこなければ、俺たちは付き合ってすらいないんだ」
その譲歩を聞き取った麗奈の目が、一瞬で明るくなる。彼女は近くのテーブルに置かれた、半分ほど残った赤ワインのグラスを指さした。
「じゃあ、あのワインを自分の頭からかぶらせて。ひざまずいて、声に出して三回『私は恥知らずのクソ女です』って叫ばせてよ! そしたら許してあげる!」
群衆から鋭い息を呑む音が一斉に広がった。
「聞いただろ、結衣」司は施しでも与えるような調子でグラスを私に渡した。
「折衷案だ。土下座はいい。頭からワインをかぶって謝れ。それで終わりにしよう」
私が喜んで、公衆の面前で踏みにじられると本気で思っている。
私は赤ワインのグラスを受け取った。だが、彼らが期待するように屈辱的に頭上へ掲げる代わりに、ゴブレットごとテーブルへ叩きつけた。液体が弾け、鋭い音が会場に響く。
「絶対に自分にかけない。あいつに謝ることも、絶対にない」
前世では、どれだけ泣いて説明しても、返ってきたのは金持ち連中の蔑みだけだった。
あいつらは真実なんてどうでもよかった。見たかったのは、最下層の全額奨学生が犬みたいに足元で懇願する姿だ。
私は、歪んだ娯楽のための安いおもちゃでしかなかった。
前世、この同じ舞踏会場で私は床を這わされ、「私はクソ女です」と叫ばされた。その間、司はただ冷たく見下ろしていた。
今回は、テーブルの上でガラスが砕ける鋭い音を聞きながら、床にいる麗奈を冷たく見下ろし、淡々と一言だけ落とした。
「あなたの脚が血まみれなのは、私をステージから突き落とそうとして、自分でつまずいたから」
麗奈の顔が怒りで歪む。
「私が自業自得って言いたいの!? 貧乏な福祉ネズミが! やっと可哀想な子羊のふりをやめたってわけね!」
「言っとくけど、結衣。今すぐ大人しく私に謝らないなら、明日までにあんたをこの学校から叩き出してやる!」
司は深く眉をひそめ、露骨な不快感を浮かべて私を見た。
「結衣、意地を張るな。頭を下げろ。これ以上、面倒にするな」
私は口元を歪めて冷笑した。
「私は何も悪くない。謝らない」
司は、今日の私がここまで頑固だとは思っていなかったのだろう。
司は一歩踏み込み、息が詰まるほどの圧で睨み下ろしてくる。
「それでも、今日どうしても謝らせると言ったら?」
私は容赦なく司の手を払いのけた。
「じゃあ別れる、司」
