第1章
ボスは死んだ。
――少なくとも、私たちはそう思っていた。山荘の中心に立ち尽くし、血の金属臭と、薄れていく魔法のオゾンじみた匂いを肺いっぱいに吸い込みながら。
「やったぁ!」レアが叫んだ。彼女はニクスの手をつかむと、光る転移円のど真ん中で、目が回るほどの勢いでくるくると回し始める。「本当に帰れるんだ! 生きてるなんて信じられない!」
ニクスは笑い、頭をのけぞらせた。汗で黒髪が肌に張り付いている。「まずは青葉区だ。ドーナツ屋に顔を埋める。十二個な」
「ドーナツ屋なんて観光客向けでしょ」セレンがぶつぶつ言った。だが、あざだらけの手首をさすりながらも口元は笑っている。「まあいいわ。祝うなら、派手にいきましょ」
ペトラは石の祭壇にもたれ、静かでか細い笑みを浮かべている。今にも崩れ落ちそうなのに、瞳に宿る安堵だけははっきりしていた。
私も一緒に喜ぶべきだった。注文を何にするか考えて、笑い合うべきだった。
なのに、私は凍りついていた。
アドレナリンで高鳴っていたはずの心臓が、もう冷え切っている。まるで凍りついたように。
薄暗い広間の影を切り裂くように、視界の中心に二行の文字が浮かんでいた。――それを見られるのは、私だけ。
【ボス状態 生存】
【偽装中】
その言葉は、死刑宣告だった。
私たちが六時間かけて引き裂き、叩き潰した、あの巨大でおぞましい獣――背後で黒い灰へと溶けていく、あれはボスじゃない。少なくとも、本物ではない。
本物のボスは、ここにいる。転移円の上に立っている。
それは、私の親友の一人の顔をしていた。
「マレン? ねえ? マレン、聞こえてる?」レアが回るのをやめ、焦った手を私の目の前でぶんぶん振った。「大丈夫? 幽霊でも見たみたいな顔してるよ。私たち、文字通り亡霊の王を倒したばっかじゃん」
私は無理やり声帯を動かした。喉の奥が、砕けたガラスで満たされているみたいだ。
「うん」かすれ声でそう言い、引きつった笑みを作る。「ただ……整理してるだけ」
「整理はドーナツ屋でしなよ」ニクスが言って、きらめく転移の光へ私を引っ張ろうと手を伸ばした。「ほら。曲が止まったら、この場所、急に気味悪くなってきた」
私は動けなかった。ブーツが床にボルト留めでもされたみたいに。
あの光に踏み込んだら、私たちは死ぬ。ゲームのルールは絶対だ。ボスを倒せ。全員生存。完全脱出。
もしボスが私たちの誰かに化けたまま出ていったら、星見市で目を覚ますことはない。永遠の地獄みたいなループの中で目を覚まし、この歪んだ悪夢の常駐の登場人物になってしまう。
私はレアを見た。瞳が輝き、命が満ちている。
ニクスを見る。もう装備を確認していて、いつでも出発できる。
セレンとペトラを見る。
誰だ?
知る必要がある。今すぐに。
「お腹すいたな」私は言った。声はさっきより落ち着いていた。「メープルベーコンバーのこと考えてた。三本は食べる」
そのあとに落ちた沈黙は、重かった。
レアの眉がひそむ。ニクスの動きが止まる。
「マレン」ニクスがゆっくり言った。「本当に頭、やられてない?」
「どうして?」私は尋ねた。心臓が、籠の中の鳥みたいに胸を叩く。
「メープル、致命的にアレルギーじゃん、あんた」レアの声から祝祭の色が消えた。「覚えてない? 高校二年生のとき。ブランチの事件。駅前のファミレスの真ん中で死にかけたでしょ」
「それに、ドーナツにベーコンは嫌いでしょう」祭壇のそばから、ペトラがそっと付け加えた。「『スイーツへの冒涜』だって言ってた」
胃の中が、ゆっくりと、気持ち悪くひっくり返った。
表示は嘘をつかない。だが、魔物は嘘をつく。
それは彼女たちの記憶を持っている。「ブランチ事件」のことも知っている。私の好みも知っている。単なる変身ではない。完璧な複製だ。私たちが山荘に入った瞬間、あいつは連中の人生を丸ごと吸い上げたのだ。
「そうだね」私は言い、震える笑いを漏らした。自分の耳にも、嘘っぽく聞こえる。「私、たぶん……本当にぼーっとしてる。頭が真っ白になってるんだ」
「でしょうね」セレンが言いながら、私のほうへ歩いてくる。「とにかく出ましょ。転移門はあと十分で閉じる」
私は視界の端にある表示の隅――タイマーを見る。
【00:59:12】
一時間ある。彼女たちが見ている転移門は幻覚だ。誘い餌。
「待って」私は言って、一歩下がった。
レアの表情が心配から苛立ちへと変わった。「何を待つの? マレン、いい加減にして。終わったんだよ。私たち勝ったの」
「勝ってない!」私は思わず叫んだ。
四人分の視線が私に刺さる。鋭く、探るような目。そのうちの一組は、殺し屋のものだ。
「私の表示が」私は即座に言葉を切り替えた。まだ真実は言えない。ボスが私に状態表示が見えると知ったら、瞬きする間もなく私たちを引き裂く。ゲームを演じなければならない。「通知が来たの。自分でも知らなかった受動系の能力」
「能力?」ニクスが尋ね、手が短剣の柄へ滑る。「今?」
「『戦利品感知』ってやつ」私は嘘をついた。口の中が脂っこくなる。「反応してる。すごく。ここに何かある。伝説級の何かが」
「マレン、戦利品なんか忘れて」レアがうめいた。「シャワー浴びたいし、腐った匂いのしないベッドで寝たい」
「『現実世界の遺物』って出てる」私は畳みかけた。何週間もこのゲームで金欠にあえいできたから、みんなが同じ欲を抱えているのは分かっている。「持ち帰れたら、ただの生還者じゃ終わらない。金持ちになれる。『一生働かなくていい』レベルで」
それで、全員が止まった。
山荘の空気が変わる。逃げたいという切迫と、二度と貧乏に戻りたくないという切迫がぶつかり合う。
「どこに?」ペトラが尋ねた。声がわずかに震えている。
「まだ絞れない」私は言い、血に汚れた広い広間を見回した。「反応がぼやけてる。動き回らないと。みんなにも手伝ってほしい。隅を当たって」
「十分しかないのよ、マレン」セレンが釘を刺す。
「そのタイマーが間違ってる」私は言い、存在しない壁を指さした。「能力のほうは、山荘が崩れるまで一時間あるって。十分すぎる」
私は彼女たちを観察した。
レアは疑わしげな顔をしながらも、転移円から一歩降りた。
ニクスは肩をすくめ、続いた。
セレンはため息をつき、奥の柱のほうへ向かった。
ペトラは祭壇の近くに残り、視線を私たちの間で忙しく行き来させる。
ゲームが始まった。
残り五十八分で魔物を見つける。
残り五十八分で、私たちを地獄へ引きずり込もうとしているのが、どの友人なのか突き止める。
「散開して」私は命じた。声は冷たく硬かった。「全部調べて。違和感があるものを見つけたら、すぐ言って」
私は彼女たちに背を向け、自分の武器の柄を白くなるまで握りしめた。
表示がちらつく。
【ボス状態 生存】
【偽装中】
金を探しているんじゃない。
――殺す理由を探している。誰か一人を。
