第五章:家まで送ってあげる
ライラ視点
クラブの薄暗い個室には、張り詰めた緊張感が漂っていた。空気は高級葉巻の匂いと、その底に潜む暴力の気配で重苦しく淀んでいる。イーサンの声は、まるで研ぎ澄まされた刃のように、その帯電した空気を切り裂いた。
「命が惜しくないのか?」
底なしの怒りを湛えたその黒い瞳が、年嵩の男を射抜く。そこには疑いの余地など微塵もない、圧倒的な殺気が込められていた。
「俺の店で踊り子を脅す奴は許さん。出て行け。それから、パチェコ・ファミリーとの今後の取引はすべて打ち切りだと思え」
男の顔は怒りと屈辱で深紅に染まった。両手は固く握りしめられ、拳の関節が白く浮き出る。だが、イーサンの冷徹な表情と、その瞳に宿る揺るぎない決意を見た瞬間、彼はそれが単なる脅しではないことを悟った。男は最後に恨めしげな視線を投げつけると、無様にあわてて立ち上がった。
彼はまるで鞭打たれた犬のように個室から逃げ出した。床に散らばったままの現金──彼の打ち砕かれたプライドの象徴──を拾う余裕さえなかったようだ。
残された男たちの間に、気まずい沈黙が降りた。彼らは驚きと好奇心に目を見開きながら、意味深な視線を交わし合う。
イーサン・パチェコがこれほどの激しさでストリッパーを庇う姿など、誰も見たことがなかったからだ。この娘──ライラは特別だという無言の了解が場を支配した。他の誰にも成し得なかった方法で、彼女はイーサンの関心を惹きつけているのだ。
依然として怒りの残り火を宿したイーサンの鋭い視線が、私に向けられた。「おい、こっちへ来い」低く威圧的なその声には、絶対的な権威の重みがあった。
「今夜はずっと俺の膝の上に座って、酒の相手をするんだ」
近くに座っていたルーカスが少し驚いたように片眉を上げたが、賢明にも口は挟まなかった。彼はただ無関心そうに肩をすくめ、ふかふかの椅子に深く座り直すだけだ。あの口調のイーサンに逆らうべきではないと知っているのだ。そこには反論を許さない危険な響きがあった。
頭がくらくらする。混乱と恐怖が渦巻いていた。部屋がぐらりと傾き、外から響く重低音が平衡感覚をさらに狂わせる。
『失敗しちゃだめ』呪文のように心の中で繰り返す。心臓が早鐘を打っていた。『この仕事を失うわけにはいかないの』足はまるでゼリーのように頼りなく、立っているのがやっとだった。
イーサンの元へ向かう一歩一歩が苦行のようだった。部屋の光景は光と顔の滲んだ塊となり、騒音が迫ってくるように感じる。ようやくイーサンの椅子のそばまで辿り着いた瞬間、暴走列車のようなめまいが私を襲った。足がもつれ、完全にバランスを失う。
だが、床に倒れ込む寸前、逞しい腕が私を受け止め、硬い胸板へと引き寄せた。次の瞬間、私はイーサンの膝の上にしっかりと座らされていた。
心臓が胸を突き破りそうなほど激しく脈打っている。薄い衣装越しに彼の体温が伝わってくる。背筋を駆け上がるような灼ける熱さ。その熱に、身体の奥が濡れていくのがわかった……ああ神様、どうかこの状況から救い出してください。
白檀とムスクが混ざり合った彼の高価な香水の香りが鼻腔を満たし、さらに目が回りそうになる。
「シャンパンを注いでくれ」イーサンが私の耳元で、ビロードのように滑らかで低い声で囁いた。優しい口調だが、そこには拒絶を許さない確固たる意志が込められている。
胃が激しく波打ち、強烈な吐き気が込み上げてきた。それでも私は震える手を無理やり動かし、ボトルへと伸ばした。
『吐いちゃだめ。吐いちゃだめ。絶対に吐いちゃだめ』私はぼやける視界を必死に調整し、目の前のクリスタルグラスに全神経を集中させた。
シャンパンを注ごうとしたが、手の震えが酷すぎてボトルの先が危なっかしく揺れる。
そして傾けた瞬間、黄金色の液体はグラスの縁から溢れ出し、イーサンの染みひとつない──間違いなく高価な──スーツのジャケットへと降り注いだ。
部屋の中が死んだように静まり返った。触れられそうなほど重い沈黙。私の心臓は止まってしまったかのようだった。
たぶん五千ドルは下らないスーツを台無しにしてしまったのだ。部屋中の誰もが息を潜め、イーサンを凝視し、固唾を飲んでその反応を待っていた。
だが、全員の予想を裏切り、彼は頭を後ろに反らして高らかに笑い声を上げた。その豊かで偽りのない笑い声は、先ほどの威圧的な態度とはあまりにかけ離れていて、部屋中に響き渡った。私は混乱し、朦朧とした頭でこの予期せぬ反応を理解しようと彼を見つめた。
私が何か言う間もなく、再び世界が傾いた。今度は、その逞しい腕が私を支えるだけでなく、完全に宙へと持ち上げたのだ。イーサンは流れるような優雅な動作で立ち上がり、まるで羽毛のように軽々と私を胸に抱きかかえる。
「家に連れて帰るぞ、小さなトラブルメーカー」
彼はそう宣言した。その声は断固としていて、反論の余地などなかった。
熱に浮かされているはずなのに、全身の血が凍りつくようだった。私を見つめるあの射抜くような瞳。背筋に悪寒が走る。『バレてる』胸の中でパニックが膨れ上がる。『彼には、私が誰なのか完全にわかってるんだ』
でも、まさか一夜限りの関係を持った相手としてだけ? それとも、逃げ出した花嫁として? なんで今日はこんなに気分が悪いの? いや、違う、そんなはずはない。妊娠なんてしてないわよね? 最悪だわ。こんな恐ろしい男とはもう関わりたくないのに、妊娠なんてしてたらどうしよう。
家のために生きるマフィアのプリンセスに戻るのも、あの浮気者の婚約者と結婚するのも、もう絶対に嫌! ましてや、その男の子を妊娠するなんて!
イーサンに抱えられて部屋を出る際、ルーカスが私たちを見送っているのが一瞬だけ見えた。その表情は読み取れない。けれど、私はあまりのめまいと混乱で、それを深く考えることなどできなかった。
