第1章
狂ったように、激しい雨がS市の舗道を打ち据えていた。
「車列が渋滞に巻き込まれている。到着まで、少なくともあと二十分は掛かる」
隊長の低い声がインカムから響く。私はボタンを押した。
「了解」
静寂に包まれたスパのエントランス、その雨除けの下で私はただ待っていた。
耳をつんざくようなブレーキ音。一台の黒いセダンが、入り口で急停止する。
ウィドウが下りていく。
二度と会うことはないと思っていた顔が、そこにあった。
須藤淳一。
五年前、やはり今日のような雨の夜だった。
レンタルのウェディングドレスに身を包んでいた私の携帯に、淳一からのメッセージが弾け飛んだ。『すまない、千佳。俺は行けない』
あの夜、私は彼のマンションまで追いかけた。鍵は開かなかった——彼がシリンダーを交換していたからだ。
その後、近所の住人が教えてくれた。本来なら私たちが住むはずだった部屋に、久美子が引っ越してきたことを。彼女は当時、すでに妊娠五ヶ月だった。
淳一は数秒間私を凝視し、やがて幽霊でも見たかのように目を見開いた。
「千佳? まさか、本当にお前なのか?」
助手席に座っていた久美子が振り返る。彼女は私を二秒ほどじろじろと眺め、突然、甲高い笑い声を上げた。
「うっそ、淳一、ちょっと見てよ——千佳じゃない!」彼女は彼の肩を揺さぶる。
「スパの外になんか突っ立って、どうしたの? マッサージ師の面接?」
言ったでしょ、あんな女、あなたがいなきゃすぐにダメになるって。見てよあの惨めな姿。
淳一はドアを開けて車を降り、久美子もそれに続いた。
「やっぱりな」淳一は腕を組み、勝ち誇ったように言った。
「お前のような女は——コネもなければスキルもない——俺がいなければただのゴミだ」
私は何も答えず、ただ彼らを見つめていた。見知らぬ人間に向かって吠え立てる二匹の犬を見るような目で。
久美子の視線が私の手首にロックオンした。一歩近づき、その声色が鋭さを増す。
「あら、その時計」彼女は冷笑した。
「ブランドのロゴもないじゃない。フリーマーケットで買ったパチモン? 昔は少しはマシな格好をしてたのにねえ。今じゃそんなガラクタしか買えないわけ?」
私は自分の手首に視線を落とした。
濃紺の文字盤。ブランドのロゴなどない。ベルトは最高級のソフトカーフスキンで、妊娠中の手首のむくみに合わせて自動調整される特別製。ケースの内部には胎児の心拍モニターが隠されており、十五分ごとに武司のスマートフォンと同期される仕組みになっている。
世界にたった一つ。
私が空を身籠ったとき、武司がスイス最高の時計師に依頼して作らせたものだ。「片時も離さず、彼女と子供の安全を確かめたいんだ」と、彼は言った。
この愚か者たちは、自分たちが何を目にしているのか微塵も理解していない。
「うちのスパで働けよ」淳一が言った。その声には、憐れみという名の優越感がたっぷりと滲んでいる。
「久美子には俺から言っておく。いじめたりしないようにな。これでも……お前はかつて俺の女だったんだ。のたれ死にさせるのを黙って見ているほど、俺は薄情じゃない」
その時、久美子の携帯が鳴った。彼女は電話に出ると、わざとらしく声を張り上げた。
「もしもし? 美沙希?」彼女は私をちらりと見て、さらに声を大きくして笑った。
「ねえ聞いてよ、誰に会ったと思う? 淳一の元婚約者! そう、あの捨てられた女!」
電話の向こうから、女性の過剰な叫び声が漏れ聞こえる。
『うっそー! 彼女、今どうなってるの?』
「もう、終わってるわ」久美子は得意げに言った。
「スパの外に立って、仕事を恵んでくれって物乞いしてるのよ。淳一ったら本当にお人好しなんだから——彼女を雇おうとしてるの」
『あんたたち、正気!? これから浅野家と提携するんでしょ! そんな落ちぶれた無名の女を雇うなんて!』
「私もそう思うわ!」久美子は通話を切ると、私に向き直った。
「聞こえた、千佳? 私たちはもうすぐ、あの浅野家と提携するのよ。これがどういう意味か分かる?」
「私たちのステージが上がるってこと。そしてあんたは」彼女は私を指差した。
「今の従業員たちの足元にも及ばないってことよ」
淳一が歩み寄り、彼女の腰に手を回した。
久美子は一瞬言葉を切り、その目に悪意をみなぎらせた。
「ねえ千佳。もしあんたがそこまで追い詰められているなら、少しは情けをかけてあげてもいいわよ。ちょうど足裏マッサージの担当が必要なの。そのふてぶてしい態度を改めるなら、私の足を洗わせてあげてもいい」
「もちろん」彼女は手入れの行き届いた爪で顎を叩いた。
「言うことは聞いてもらうわよ。指の間を洗って、爪を切って、ツボを押す。あんたみたいな人間に務まるかしら?」
視界が不意に滲んだ。
雨に濡れたせいではない。
大学時代、学費を稼ぐために三つのバイトを掛け持ちしていた頃の記憶が蘇る。
ある日、疲れ果てた私は、アパートの床に座り込んで小銭を数えていた。
淳一は片膝をつき、私の手を握って言った。俺と結婚しよう、そうすればもう、生きるために必死になる必要はないんだと。
だがその夜、彼に連れて行かれた富裕層のパーティーで、すべてが変わった。
使い古したキャンバス地のバッグを持って現れた私を見て、彼の顔色は一変したのだ。
彼は私のバッグをゴミ箱に投げ捨て、恥をかかせるなと言い放った。
あれが、本当の淳一だった。
優しさも、将来性もない。あるのは虚栄心と強欲、そして滑稽なほどの自信のなさだけ。
私は鎖骨にかかるネックレスに触れた。その中央には、血のように赤い宝石が嵌め込まれている。
S市の誰もが知っている。それが、浅野家の『ドンナ』が到来した証であることを。
正体を明かそうとしたその時、淳一が私に近づいてきた。
「今の自分のザマを見てみろよ」彼は嘲笑った。
「目を覚ませ。お前は久美子の足の指一本にも劣る存在だ。あの時、久美子を選んで本当によかった」
「昔、俺に尽くしていた情がなけりゃ、口もきいてないところだ。さあ、跪いて頼めよ。そうすれば、久美子の足を洗う仕事くらい恵んでやる」
彼の言葉が、私の心臓を締め上げる。
彼はまだ、私が犬のように尻尾を振ってすがりつくと信じているのだ。
結婚式の数時間前にメール一本で別れを告げ、妊娠五ヶ月の愛人を正当化し、私をゴミのように捨てたこと——そのすべてが、彼にとっては合理的な選択だったと思っている。
そして私は? 彼の人生における、交換可能な付属品に過ぎない。
私の苦労を終わらせると誓ったあの少年は、とうの昔に死んでいたのだ。
現在の須藤淳一? 私の靴の裏を舐める資格すらない。
