第2章
ヴァランソルの朝陽は、暴力的なまでに眩しかった。
街角のカフェのテラス席で、私はコーヒーカップを指先で弄んでいる。風を孕んだ黒いシルクのドレスが太腿にまとわりつき、胸の奥でざわめくような不安を呼び覚ます。まるで、マークのあの欺瞞に満ちた指先が、まだ肌に粘りついているかのように。
その時だ。彼が現れたのは。
ジュリアン。気ままな一人旅を楽しんでいるフランス人の男。
彼がカフェに足を踏み入れた瞬間、場の空気がふっと張り詰めた気がした。薄手のリネンシャツの袖口を無造作に捲り上げ、鍛え上げられた前腕を露わにしている。伸びやかなその肢体からは、奔放でありながら抗いがたい色気が漂っていた。あの鋭く深い緑色の瞳。それは私のドレスなど容易く透かし、心に空いた虚ろな穴までをも暴き出そうとしているようだった。
「シャトー・ラコストへ?」
低く、鼓膜を震わせるバリトン。南仏の男特有の甘く気怠げな響きは、それだけで魂を絡め取られそうになる。
私は一瞬言葉を詰まらせ、思わず視線を逸らした。
「……どうして、それを」
彼は口元だけで笑うと、テーブルに広げっぱなしだったワイナリーの地図を、すらりとした指先でトントンと叩いた。そして、身を乗り出すように距離を詰めてくる。
鼻腔をくすぐる清涼な森の香りと、微かな雄の匂い。心臓が早鐘を打ち始める。それは、身体が覚えている最も原始的な反応だった。
「俺も、そこへ向かうつもりでね」
彼の視線が、私の鎖骨から滑り落ちかけた黒いストラップに絡みつく。そこには、値踏みするような色が宿っていた。
「あそこの『グルナッシュ』は完熟していて、溺れるほど果汁が溢れ出すらしい。一人で行くなんて味気ないだろう? 明日、一緒に行かないか」
彫刻のように整った顔立ちと、幾重もの物語を秘めた瞳を見つめ返す。裏切りによって穿たれた心の穴が、今、見知らぬ渇望で満たされていくのを感じた。息苦しいほどのこの理性を引き裂き、あの紫色の果実が実る蔓の下で、私は私自身を取り戻したい。
「いいわよ」
私は囁くように答え、唇の端を挑発的に歪めた。
「その葡萄が、本当にあなたの言う通り、たっぷりと果汁を含んでいるのならね」
かくしてヴァランソルの陽光の下、欲望と覚醒を巡る契約は、二人の異邦人の間で密やかに交わされたのだ。
午後。シャトー・ラコストへ向かうバスの車内は、蒸し風呂のような熱気に包まれていた。空調など無きに等しく、澱んだ空気にはガソリンの臭いと、どこか胸をざわつかせるような官能的な気配が混じり合っている。
私はジュリアンの隣に座っていた。バスが大きく揺れるたび、彼の膝が無造作に私の太腿へと押し付けられる。薄いシルク一枚越しに伝わる、彼の体温。その熱が生々しい感触となって理性を狂わせ、私の秘所は意思とは裏腹にじわりと潤みを帯び始めていた。
「暑いか?」
ジュリアンが低い声で問いかける。耳元を撫でるようなその響きは、まるで愛撫のようだった。
彼は頭上の送風口を調整しようと腕を伸ばし――その腕が私の目の前を過る際、指先が『偶然』私の膝に触れた。
刹那、電流が走ったかのような衝撃に、私は危うく甘い声を漏らしそうになる。
唇をきつく噛みしめる。熱い蜜が溢れ出す感覚が、否応なしに鮮明になっていく。逃げ場のない公共の空間で煽られる背徳的な渇きが、私を発狂寸前まで追い詰めていた。
