第1章

 全てが聞こえていた。

 囁くような祈りの声。押し殺した泣き声。砂利を擦る革靴の音。なのに、動けない。息もできない。叫ぶこともできない。

 私は棺の中にいる。これは、私の葬式だ。

 頭上から、藤井景の声が降ってくる。いつものように滑らかな声。

「藤井杏は、私の人生におけるかけがえのない贈り物でした。あまりに純粋で、無垢で……その優しい心を打ち砕いてしまうようなこの世界から、守ってあげる必要があったのです」

 私が死んでさえ、まだ芝居を打っている。

 彼は今、私の弔辞を述べ、私を救おうと懸命に努力した献身的な兄を演じている。本当は、私が三日前の夜にあの薬を飲んだ原因は、彼だというのに。

 誰かが泣いていた。格式張った雰囲気を切り裂くような、醜く、途切れ途切れの嗚咽。その声には聞き覚えがあった。中島佑衣だ。

「全部、私のせい……」

 彼女は声を詰まらせた。

「もし私が……もし、あんなことさえなければ……」

 中島佑衣? 私の葬式に来てくれたの?

 高校生の時から、私たちの関係は終わったものだと思っていた。景が、彼女が私のことを世間知らずだと言っているという、あの録音を聞かせてきてから。私がそれを信じて、彼女との縁を完全に切ってしまってから。

 待って。何かがおかしい。思考ができる。音が聞こえる。死人にそんなことができるはずがない。

 はっと目を開けた。

 棺の内張りではなく、見覚えのあるクリーム色の天井が目に入った。息が詰まるような暗闇ではなく、午後の陽光がレースのカーテン越しに差し込んでいる。私の部屋だ。塗り替えたいとあれほどせがんだピンク色の壁もそのままの、十八歳の頃の私の寝室だ。

 勢いよく身を起こすと、頭がくらりとした。ナイトスタンドのカレンダーは、三月十五日、火曜日。私の十八歳の誕生日の三日前だ。

「何なの、これ……?」

 こんなの現実のはずがない。全部覚えている。薬のこと、暗闇のこと、バスルームの床で私を見つけた景のこと……。

 なのに私は今、十代の自分の体で、十代の自分の部屋にいる。まだ起こっていないはずの、七年分の記憶を持ったまま。

 視線が、ジュエリーボックスにかかったダイヤモンドのネックレスに落ちた。景からの、十六歳の誕生日プレゼント。それを見た瞬間、腹を殴られたような衝撃が走った。

 高校。全てが本格的に始まったのは、あの頃からだ。

 景があの録音を聞かせてきた日のことを思い出した。私は、ようやく自分の居場所を見つけたと感じていた頃だった。中島佑衣と私は親友で、一緒にロードトリップやダブルデートの計画を立てていた。

「杏、これを聞いておいた方がいいと思う」

 景の声は優しく、心配しているようだった。

「先週君に電話した時、偶然録音しちゃったんだ。電話が切れずに繋がったままだったみたいで」

 録音からは、中島佑衣の声がはっきりと聞こえてきた。

「杏のことは大好きだけど、正直言って、あの子は世間知らずすぎるわ。誰でも信じるし、何でも信じちゃう。いつか誰かに利用されるんじゃないかしら」

 私は打ちのめされた。親友が私のことを、自分のことさえできない子供だと思っていたなんて。だから景が「本当に君を理解してくれる人が見つかるまで」と言って、次の学期は一人で部屋を借りるように勧めてきた時、その提案に飛びついた。

 でも、今ならわかる。あの録音はあまりにも鮮明で、完璧すぎた。景はきっと、どこかの女の子にお金を払って佑衣の声真似をさせたか、あるいは最近のAIプログラムでも使ったのだろう。そして私は、傷つきすぎてそれを疑うことさえしなかったのだ。

 彼は一人、また一人と、私の周りから人を引き離していった。

 前田陸は「藤井家の金目当てで君を利用しているだけだ」。高木由美は「明らかに君の容姿に嫉妬している」。ジャーナリズムを勧めてくれた渡辺教授でさえ、「自分をよく見せるために可愛い子で授業を固めているだけだ」と。

 大学生になる頃には、私の周りには誰もいなくなった。景だけが、ただ一人残っていた。

 そして、高橋有希が現れた。

 高橋有希は昔、兄の恋人だった。私が二十二歳になった時、二人は再び結ばれた。彼女は記者で、頭が切れて大胆不敵で、すぐに私を気に入ってくれた。私には見えなかったもの――私が溺れかけていること――が、彼女には見えていたのかもしれない。

「あなたのお兄さん、ちょっと過保護すぎない?」

 ある時、彼女はそう言った。景が「暗くなってきたから」と言って、私をランチの場所まで迎えに来た後のことだ。

 まだ午後二時だったのに。

 だが、景はそれにも備えていた。

「有希は俺たちの仲の良さに嫉妬してるんだよ、杏。俺が君に構いすぎると思ってる。俺たちの関係を壊したいんだ」

 だから私は有希から距離を置いた。彼女からの電話に出なくなり、いそうな場所を避けるようになった。半年後、景が彼女を振った時、有希は必死に私に連絡を取ろうとしてきた。私が決して折り返すことのなかった留守番電話を残して。

 彼女は私を救おうとしていた。なのに私は、看守を選んだのだ。

 今となっては、全てがあまりにも明白だ。二十五歳になる頃には、自分で選んだ仕事も、自分で作った友達も、景の「保護」というフィルターを通していない人生も、私には何もなかった。彼が私の周りに築き上げた牢獄に気づいた時には、もう手遅れだった。行く場所も、電話する相手もいなかった。

 私が自殺した夜、彼はバスルームのドアの外に立ち、まだ心配する兄を演じていた。

「杏、頼むから話してくれ。君がこの世で俺に残された唯一の存在なんだ。君が俺の全てなんだ」

 私の自殺でさえ、彼のためのものだった。

 化粧台の鏡に映る自分の姿を見つめる。十八歳、透き通った肌、輝く瞳。だが、無垢さはもうない。私は七年間、計画的に世界から切り離される人生を生きてきた。景が何をできるのか、私は正確に知っている。

「今度は」

 私は囁いた。

「もう何一つ、騙されたりしない」

 ノックの音が、私の独り言を遮った。

「杏? 起きてるか?」

 景の声は、あの時と同じ温かみと、あの時と同じ、程よい心配が混じった思いやりのある口調を帯びていた。

「うん、入っていいよ」

 彼は朝食のトレイを持って部屋に入ってくると、完璧な笑顔を見せた。

「厨房に君の大好物を作らせたぞ。フレンチトーストのストロベリー添えだ」

 同じ朝食。同じ笑顔。同じ、くだらない戯言。

「ありがとう」

 私の声は、彼が予想していたより冷たく響いた。

 彼の笑顔が少しだけ揺らぐ。

「大丈夫か? 今朝はなんだか……様子が違うな」

「そう?」

 私は平坦な口調を保った。

「たぶん、大人になってきただけよ」

「大人に?」

 彼の目の奥で何かが揺らめいた。

「杏、君はまだこんなに若い。世の中は複雑なんだ、そして――」

「三日後には十八歳になるわ」

 私は彼の言葉を遮り、その顔を注意深く観察した。

「そろそろ自分で判断し始めてもいい頃だと思う」

 景の顎が、ほとんど気づかないほどにかすかに引き締まった。

「もちろん、君が判断していい。ただ、慎重になるべきだと思うんだ――」

「自分の誕生日パーティーは、自分で計画したい」

 私は彼を試すように続けた。

「好きな人を招待して。もしかしたら、この近所以外の大学も見てみたいし」

 部屋の空気が冷たくなった。景の笑顔が、不自然に引きつる。

「杏」

 声はまだ優しいが、その下に鋼のような硬さが潜んでいた。

「俺が君のために一番良いことを望んでいるのは、分かっているだろう。この家の外の世界には……君を傷つける人間がいる。利用する人間がいる」

 来た。檻の、最初の格子だ。

 だが彼を見つめた時――本当に、じっと見つめた時――私は、胃がひっくり返るようなものを見てしまった。彼の瞳の中に、ほんの一瞬、今まで一度も見たことのない何かが閃いたのだ。

 まさか……彼も覚えている……?

 もしそうなら、景は昔の策略を繰り返すつもりなのではない――それを完璧にするつもりなのだ。彼は最初の試みがどこで失敗したのか、私がなぜそれを終わらせるほど自由になれたのかを、正確に知っている。

 今度こそ、絶対に私にそんなチャンスを与えないつもりだ。

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