第2章
私は床板に耳を押し当てた。静寂。大輔はもう寝てしまったのだ。
天井近くの小さな換気口へ、這うようにして近づく。金属の格子を蹴った。内側にぐにゃりと曲がる。もう一度蹴り、さらに踵を何度も叩きつけた。やがてネジが石膏ボードごと引きちぎられるように外れた。
数分後、私は廊下へ滑り出て、芽依の部屋へ忍び込んだ。芽依は眠っていて、布団の上で小さく震えている。私は上着をつかみ、彼女を腕の中に引き寄せ、裏口から凍える夜へと抜け出した。
私たちは人気のない歩道をよろめくように進んだ。街灯が頭上でちらつく。私は芽依を胸にきつく抱きしめた。大輔の憎悪に濁った目、桜子の毒のある罵倒、骨董屋の暴力――それらが頭の中でぐるぐると渦を巻く。
自分が正気を失っているのか、それともこの悪夢が現実なのか、確かめなければならなかった。
前方のバス停に女が立っていた。トレンチコートを着て、煙草を長く吸い込んでいる。
息を切らしながら近づく。
「すみません」
女は振り向き、私の乱れた格好に眉をつり上げた。
「このチョーカー、好きですか?」私は芽依の首元に乗る赤い石――ルビーを指さした。
女は身を乗り出した。怯むどころか、微笑みさえ浮かべる。
「きれいね。いい石だわ」
喉元で脈が暴れる。私は次の言葉を無理やり押し出し、相手の表情から目を離さなかった。
「私が買ったんです。私が自分の手で、彼女につけたんです」
女の唇から煙草がするりと落ち、火花を散らしながら歩道に当たった。上品な笑みが、あっという間に嘲りの表情へ崩れる。
女は何も言わず突進してきた。両手が私の肩に激しく叩きつけられる。
私は縁石の外へよろめいた。視界の端で眩しいヘッドライトが弾ける。クラクションが鳴り響いた。夜間配送のトラックが急旋回し、タイヤがアスファルトを引き裂くように悲鳴を上げる。背中すれすれ、数センチの差でかわした。巻き起こった風圧が私を地面へ叩き落とす。芽依が悲鳴を上げた。
「この汚らわしい女!」女は歩道から叫び、怒りで顔を歪めていた。
「あの子にしたことのせいで、あんたは死ぬべきよ!」
そう吐き捨てると、女は闇の中へと去っていった。
胸が激しく上下する。私は遠ざかるトラックのテールランプを呆然と見つめた。
宝飾品そのものじゃない。行為だ。告白だ。『私がつけた』――それが引き金だったのだ。
私は芽依を引き起こし、走った。
地元の警察署の両開きの扉を、私たちは勢いよく押し開けた。
受付の奥には警察署長の倉田が座っていた。優しいが疲れた目、白髪混じりの髪。私の擦りむいた膝と泣いている娘を見るなり、彼はすぐ立ち上がった。
「……おい、お嬢さん、こっちに座りなさい」彼は木のベンチへ案内し、紙コップの水を渡した。芽依の肩を軽く叩く。
「誰にやられた?」
私はコップを握りしめた。手が震えすぎて、水が縁からこぼれる。
「みんなです。夫も、通りの知らない人たちも。全員、頭がおかしくなってる」
倉田は椅子を引き寄せ、膝が触れるほど近くに座った。
「ここなら安全だ。君にも、娘さんにも、誰も手は出さない。何が起きたのか、正確に話してくれ」
一瞬、胃の奥の結び目がほどけた。正気に辿り着けた気がした。私は芽依の首の赤い石を指さす。
「このルビーのチョーカーを、私が買ったんです。でも、誰かに言うと……」言葉が途切れる。
「何を言うとだ、玲奈?」倉田がやわらかく促した。
「私が自分でつけたって言うと。私が留め金を留めたって言うと……みんな、襲いかかってくるんです」
倉田の呼吸が止まった。
瞬きもしない。ただ、私を見つめている。
彼はゆっくりとメモ帳を机に置いた。そして立ち上がり、私から距離を取るように三歩下がった。
「署長……?」
倉田は隣の机にいる女性警官を見た。
「佐々木巡査。子どもを診察室へ。服を脱がせて、怪我の有無を確認しろ」
「え……待ってください!」私は跳ね起きた。
「違う、傷なんてない!」
佐々木が芽依の手をつかみ、廊下へ引いていく。
「ママ!」芽依が振り返って私に手を伸ばす。
「離して!」追いかけようとしたが、倉田が進路を塞いだ。彼の手は拳銃のベルトの上に置かれている。
「座れ」命令の声には、さっきまでの父親のような温かさは一片もなかった。
次の一時間は地獄だった。待合で行ったり来たりし、爪が掌に食い込む。倉田は憎しみに固定された視線で私を監視している。
やがて、診察室の扉が開いた。佐々木が出てくる。
「どうだ」倉田が問う。
「何もありません」佐々木は首を振った。
「痣も切り傷もなし。子どもはまったく問題ないです」
私は大きく息を吐いた。背骨に張りついていた緊張が抜ける。
「ほら。言ったでしょう。私は何もしてない。お願いです、娘を返してください」
倉田は緩まなかった。唇を歪めて嘲った。
彼は私の方へ踏み込み、腕をつかむと背中にねじ上げた。
肩の関節に痛みが走る。倉田は私を開いた扉へ押し込み、小さな取調室へ突き飛ばした。
「何をするんですか! 怪我はないって言ったじゃない!」私は叫んだ。
「反吐が出る」倉田は吐き捨てる。
「身体検査がどうだろうと関係ない。お前は病んだ、ひねくれた獣だ。あの子にしたことは許されない」
彼は壁際の金属椅子に私を叩きつけた。腰のベルトから手錠を取り出す。手錠が左手首にきつく噛み合い、もう片方を剥き出しのラジエーター配管に通して施錠した。
「耳が聞こえないんですか! 私は芽依を傷つけてない!」私は金属を引きちぎるように引いた。縁が骨に食い込む。
「お前は精神病棟に入るべきだ」倉田は見下ろし、徹底した軽蔑をその目に宿していた。
「子どもはこちらで預かる。明朝、児童相談所が引き取る」
「そんなことできない! 私は母親よ!」
何か言う間もなく、倉田は電話をかけるために出ていった。
私は手錠をがむしゃらに引っ張った。手首から血が滲むまで引き、扉に向かって叫んだ。誰も応えない。
疲れ果て、私は冷たいタイルの上に崩れ落ち、息を求めて喘いだ。
頬が床に触れ、剥がれかけた巾木のすぐそばまで落ちる。涙で視界が滲んだ。
――そのとき、天井の蛍光灯の光を受けて、小さなきらめきが目に入った。
私は瞬きをし、ラジエーターの配管の下の細い隙間へ焦点を合わせた。
ダイヤのイヤリング。
呼吸が止まる。雫形のカットを見つめた。
ただの落とし物の宝飾品じゃない。この特注のカットと台座を、私は知っている。桜子が何週間も自慢していた。先月、会員制の競売で一対を買って、それ以来一度も外さなかった。
親友のイヤリングが、警察の取調室の埃の中に隠れている。
