第4章

手術室の前、上野誠一は一枚の書類を握りしめていた。

『手術同意書』

そこに記された、インクが滲むほどに見慣れた名前から、目を逸らすことができない。

――笹原沙耶香。

その名を目にするたび、彼の脳裏には、彼女の腹部に隠された一本の傷跡が疼くように蘇る。彼が彼女の身体に刻み、そして彼女が彼のために受け入れた、永遠の痕跡だ。

二年前の夏。精神科病棟の閉鎖区画で、錯乱した患者が果物ナイフを振り回した。誰もが恐怖に凍りつく中、ただ一人、沙耶香だけが迷いなく彼の前に立ちはだかった。純白のブラウスが、一瞬にして鮮血に染まる光景を、誠一は忘れたことがない。

我を失い、血塗れの彼女を...

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