第30章

「何の匂い?」

「tfのエボニーの香水。氷室弁護士、女と遊んだの?」

篠の鼻は犬みたいに利く。近づいた瞬間、悠の身にかすかにまとわりつく匂いを嗅ぎ取った。

「誰と遊ぼうが、不二さんに関係ある?」

「関係ないの? 氷室弁護士が私に触ったなら、責任取ってくれないと」

「お互い触っただけだ。不二さん、当たり屋みたいな真似するな」

悠は手で篠を押し返し、背筋を伸ばしてシートに深くもたれた。

篠は車体にだらりと寄りかかり、きっちりした姿勢の悠を眺める。学生の頃からこの男は、教師の目に映る優等生だった。手の届かない天才。社会に出た今も、清潔で端正で――俗世を断った修行僧みたいだ。

禁欲的...

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