第58章

「いいよ」

篠は気にしなかった。テニスなんて、ネット越しにそんなに細かく見えるものでもない。

ラケットを手にコートへ入ると、ちょうど反対側の扉から、黒いショートパンツに黒のポロシャツを着た男が入ってきた。

遠目にも、気配が際立っている。濃いめの“ビジネスエリート”の匂いをまとい、身体のラインは無駄がない。長年鍛えてきた者の筋肉だ。

悠とは違う。悠も体つきはいいが、どこか繊細さが残る。けれど目の前の男は、部隊にいる軍人が持つような肉体——そんな印象だった。

それに、名家の空気で磨かれたような落ち着きもある。

男はテニスボールを篠へ放り投げた。

「レディーファースト」

篠は素手で...

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