第60章

篠は、男のその一言を耳にした。

眉をひょいと上げる。

「正直に言うと、一瞬だけ気分は悪くなったわ」

「でも、黒崎様が紳士だったから――許してあげる」

黒崎亜美は、二人のやり取りを横で見ていて、いまひとつ話が見えないといった顔をしていた。ふと悠に目をやると、淡く笑って黒崎星矢の腕を軽く握る。

「星矢、不二さんのことお願いね」

黒崎星矢はわずかにうなずいた。

「不二さん、どうぞ」

篠は黒崎星矢に案内され、宴会場へ足を踏み入れた。

男は、近すぎず遠すぎずの距離を保って歩く。ふと漂ってきたのは、ほのかな石けんの香り。

他の男なら、篠はきっと安っぽい匂いだと切って捨てていたはずだ。...

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