第1章
死は、私を連れ去りしなかった。
私の魂は今もなお、黒く焼け焦げた廃墟の上空を彷徨いながら、ゆっくりと晴れていく硝煙を見下ろしている。
A市南区にあるこの廃棄倉庫は、今や飴細工のように捻じ曲がった鉄筋と、炭化した梁を残すのみとなっていた。連続放火事件は、都市全体を恐怖の底に陥れている。
夜明け前、消防隊員たちが撤収作業を進めている。彼らのヘルメットから、水滴がポタポタと滴り落ちていた。彼らがまもなく、あの隅で一具の焼死体を発見することを知っている――あれは、私の死体だ。
また兄の城川悠也に迷惑をかけてしまう。数日後には、彼の婚約パーティーが控えているというのに。
案の定、三十分もしないうちに、パトカーと救急車が現場を包囲した。
白い防護服に身を包んだ悠也が、パトカーから降りてくるのが見える。こんなに離れていても、彼が纏う職業的な冷静さと、その奥に潜む炎への恐怖が伝わってくるようだった。
「四人目だぞ、悠也」
高山俊哉が彼に歩み寄り、沈痛な面持ちで告げる。私の胸が締め付けられた。俊哉は昔と変わらず、いつも悠也のことを気にかけてくれている。二人は幼馴染で、今は俊哉が刑事、悠也が主席監察医という関係だ。
「『フレイム・キラー』がまたやったんだ」
悠也は小さく頷くと、深く息を吸い込み、その焼死体へと歩み寄った。そして、手慣れた様子で検死を始める。
「二十代前半の女性」彼は淡々と報告する。
「死後四十八時間は経過している。炭化が激しく、DNA抽出は困難だろう。結果が出るまで二日ほどかかる」
私は、悠也が自分の死体の傍らにしゃがみ込むのを見つめていた。手袋をはめた手で、炭化した残骸を丁寧に検分している。その所作はあくまで冷静で、見知らぬ他人の遺体を扱うそれと何ら変わりなかった。
「助燃剤の痕跡が明白だ」彼は記録を取らせる。
「被害者は生前、脱出を試みている。この爪痕を見るに、溶接された扉を必死にこじ開けようとしたようだ」
検視を続ける悠也の顔色が、次第に険しくなっていく。
「さらに残忍な点がある」彼は声を低くした。
「燃焼痕から判断するに、被害者は生きたまま長時間焼かれている。犯人は意図的に火勢をコントロールし、彼女にゆっくりと苦痛を与え続けたんだ」
周囲の鑑識官たちが顔を見合わせ、数人が思わず後ずさりする。俊哉は大きく息を吐き出した。
「これまでの件より酷いな」
規制線の外で野次馬たちが囁き合うのが聞こえる。中年の女性が子供をきつく抱きしめていた。
「あの狂人、まだ続けるつもりなの?」
「誰も安心できんよ」老人が首を振る。
「あんな怪物が、わしらのすぐ側をうろついているんだからな」
「可哀想な女の子……」別の声が震えている。
「生きながら焼き殺されるなんて」
悠也は立ち上がり、拳を固く握りしめた。
「この放火魔を必ず見つけ出す。被害者たちの無念、必ず晴らしてやる!」
今調べているのが、あなたの憎んでいる妹の死体だと知っても、そんなことが言えるの?
私は心の中で問いかける。だが当然、答えは返ってこない。
現場検証の終盤、俊哉が心配そうに悠也を見やった。
「これで四体目の焼死体だ。最近、根を詰めすぎじゃないか?」彼は言葉を切り、続けた。
「そういえば、妹さんの誕生日はもうすぐじゃなかったか?」
悠也の表情が、瞬時に凍りついた。
「あいつの話はするな。誕生日は俺と美奈子の婚約パーティーと被ってるんだ。あいつにかまけている暇なんてない」
心が引き裂かれるようだった。美奈子は私の誕生日を知っていて、あえてその日を婚約パーティーに選んだのだ。そして悠也は、その『偶然』を全く気にしていない。
彼にとって、私の誕生日など最初からどうでもいいのだ。
十二歳の誕生日に両親が亡くなって以来、悠也は私を恨んでいる。私のことを疫病神だ、人殺しだと罵った。十八歳の時には家から追い出され、それ以来、あらゆる接触を拒絶されている。
だが三年前、記憶喪失の状態で警察に助けを求めてきた伊藤美奈子に対して、悠也は進んで手を差し伸べた。私はそれを遠くから見ているしかなかった。
その後、彼女は徐々に記憶を『取り戻し』、身寄りがないと訴えた。悠也は彼女の脆さに心を動かされ、甲斐甲斐しく世話を焼くようになったのだ。
実の妹の電話には、一度も出ようとしないくせに。
「リリはずっと、陰でお前を支えてきたんだぞ」俊哉はたまらず、悠也の肩を掴んだ。
「俺を通じてお前の世話をしていたのを、知らないわけじゃないだろう? デスクのコーヒーも、徹夜続きの時の差し入れも、全部彼女からだ」
悠也は冷淡に俊哉の手を振り払った。
「よせ、俊哉。あいつの話はやめろ」
空から雨が落ちてきた。黒焦げの廃墟を打つ雨粒が、ジュッという音を立てる。悠也が空を見上げた。
「雨脚が強くなってきたな。現場の証拠が流される可能性がある」
「直ちに遺体をラボへ搬送し、詳細な検査を行う必要があります」鑑識官が進言する。
「現場を封鎖しろ。証拠はすべて持ち帰って分析だ」悠也が指示を飛ばした。
署に戻る車中、俊哉がハンドルを握りながら、ふと違和感を口にした。
「そういや、今日はコーヒーを飲んでないな。目が充血してるぞ」
「あいつのコーヒーなんて要らない」悠也は吐き捨てるように言った。
「だがリリは毎朝、俺にコーヒーを託していただろう。お前のデスクに置くようにな。徹夜の時は夜食まで用意していた。それがここ数日、ぱったり来なくなったんだ」俊哉は食い下がる。
悠也は煩わしげに手を振った。
「気にするな、俊哉。どうせいつもの狂言だ。数日前も和解したいとか電話してきたが、切ってやったよ。癇癪でも起こしてるんだろう」
もう二度とコーヒーが届くことはないし、電話がかかってくることもない。その事実を知ったら、あなたはどう思うの?
その時、悠也の携帯電話が鳴った。画面の表示を見た瞬間、彼の眉間の皺が解け、声色が甘く変化する。
「やあ、美奈子……」
画面を見る必要すらない。相手は美奈子だ。悠也にこれほど優しい顔をさせられるのは、彼女の電話だけなのだから。
