第132章

静まり返った廊下に、山下麻友の声が際立って響いた。

「何もいらない。身一つで出て行くわ。あの家も、車も、財産はすべて放棄する。だからお願い……私を解放して」

山口洸人は彼女の手を握る力を、骨が砕けそうなほど猛烈に強めた。

「山下麻友」

彼の声は恐ろしいほど低く沈んでいた。

「そんなに俺から離れたいのか?」

「忘れないで。離婚届を渡したのは、あなたよ」

山下麻友は決して忘れない。病院から戻ったあの日、彼と橋本美波が一緒にいるのを見たこと。そして、彼が離婚届を差し出した時の、氷のように冷徹な眼差しのことを。

彼はこの結婚生活にも、これまでの愛情にも、一片の未練すら抱いていなかった...

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