第30章

阿部雄輝は怒りを顔いっぱいに貼りつけたまま、自分が阿部美奈をあんな姿に追い込んだ張本人だという自覚すらない。

山下麻友は黙り込んだ。

――たった一人の男のために、歯止めが利かないほど取り乱して。けれどその男は、あなたを「頭のおかしい女」だと切り捨てるだけ。

それでも、報われると思うの?

その一件はあっという間に同僚たちの手で社内グループに投下され、噂は風に火がつくように広がった。

「山下麻友が上司を誘惑して、奥さんに現場を押さえられて、しかも取っ組み合いになった」――そんなふうに。

当の山下麻友は、そんなことになっているとは露ほども知らず、いつも通りに過ごしていた。

その日、阿...

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