第4章
月城柊は手を離さず、逆にさらに強く握り込んできた。
「君が昔、指輪をちゃんと保管していなかったから、絵があんな目に遭ったんじゃないか!」
彼の声は次第に昂っていく。
「今、彼女は手首を切ったんだぞ。元凶である君が、責任を取るべきじゃないのか?」
私は冷ややかに彼を見つめた。
「本音が出たわね。あなたの心の中では、ずっと私が元凶だと思ってたんでしょ」
「月城柊、心変わりをそんなに聞こえよく言わないで。自分を騙すのも、私を騙すのもやめてちょうだい。あなたの心はとっくに彼女に傾いてる」
「先に私に熱湯を浴びせたのは彼女よ。彼女は顔に火傷を負うのが怖い。じゃあ、私が火傷を負うのは当然だって言うの?」
「何だって?」
彼は呆然とし、まるでその可能性を考えたこともなかったかのようだった。
「あなたたちの関係に気づいてないとでも思った?」
私は立ち上がる。
「ただ、あなたと争うのが面倒だっただけ」
「何を馬鹿なことを! 俺は絵のことなんて、ただ……」
「ただ何? ただ哀れんでる? ただ罪悪感を感じてるだけ?」
私は一歩、また一歩と彼に詰め寄る。
「じゃあ、どうして彼女とキスしたのか説明してくれる?」
月城柊は無意識に口元に触れ、顔がさっと青ざめた。
「それと、藤井絵が暴行されたっていう件、私は彼女の自作自演だと思ってるんだけど、あなたは信じる?」
私は続けた。
「ふざけるな! 彼女は被害者だ!」
月城柊は激昂して言った。
「そんな理由をでっち上げて、彼女を貶めるのはやめろ」
「被害者?」
私は鼻で笑う。
「そう。じゃあ、彼女を償ってあげなさいよ」
「もういい!」
月城柊は完全に爆発した。
「桐原凛、どうしてそんなことが言えるんだ! 俺が彼女を償うのは、君の罪を軽くするためでもあるんだぞ!」
彼の話をこれ以上聞く気にもなれず、私はスマートフォンを取り出して110番にダイヤルする。
「もしもし、警察ですか? 通報したいのですが、病院で輸血を強要されています……」
「凛!」
月城柊は信じられないといった目で私を見た。
「気でも狂ったのか?」
「彼女を信じたいなら信じればいいわ。でも、まだ言いたいことがある。もし離婚に同意しないなら、訴訟を起こす」
私は冷静に彼を見据える。
「そうなったら、藤井絵のことも、あなたたちの関係も、全部ぶちまけてやるわ」
月城柊の顔色が一変し、彼は私の手を離して数歩後ずさった。
ちょうどその時、看護師が慌てて駆け込んできた。
「予備の血液パックが見つかりました! 患者さんはひとまず命に別状はありません」
月城柊は安堵の息を漏らしたが、去り際に再びこちらを振り返った。
「今日のことは俺が悪かった。でも、俺は本当に藤井絵を妹としか思ってない」
彼の瞳には懇願の光が宿っていた。
「俺が愛しているのは、ずっと君だけだ」
つまり、離婚する気はないということか。
急に、ひどく苛立ちがこみ上げてきた。こんなこと、意味があるのだろうか。
月城柊が去ってほどなく、月城奏がようやく戻ってきた。
「そこの給湯室、お湯が切れてて。別のフロアまで汲みに行ってきた」
「ありがとう」
私はコップを受け取ったが、両手はまだ微かに震えていた。
「何か食べるものを持ってきた」
彼は袋からうどんと粥を取り出す。
「医者が、念のため今夜は入院して様子を見た方がいいと言っていた」
「会社に戻るの?」
と私は尋ねた。
「急ぎじゃない」
彼は時間を確認する。
「まずは君が落ち着くのを見届けてからだ」
彼が私の身の回りを整えてくれ、ようやく帰ることになった。去り際、彼は私のスマートフォンを指差した。
「田中弁護士への連絡を忘れるな」
私は微笑んで言った。
「ありがとうございます、お兄さん」
月城奏は少し黙ってから言った。
「離婚を決めた以上、もう彼の真似をして俺を兄さんと呼ぶ必要はない」
私は頷いた。
「はい、月城さん」
それから数日間、月城柊は毎日病院へやってきた。その態度は意外なほど誠実だった。
彼は藤井絵を海外で治療させ、二度と私の前に現れないようにすると約束した。
しかし、私は彼に会うのを拒否し、彼が来るたびに警備員を呼んで追い返させた。
三日目の夜、藤井絵からLINEのメッセージが届いた。
『桐原お姉さん、彼を拒絶してくれてありがとう』
メッセージの後には、笑顔の絵文字が続いていた。
『柊君、酔っ払っちゃって、私とあんなことしちゃったの。もしかしたら、妊娠しちゃったかも』
私はそのメッセージを長いこと見つめ、そして返信した。
『今後はちゃんと避妊しなさい。あなたみたいに愚かな子供が生まれたら、それこそあなたの罪よ』
相手からの返信はすぐに途絶えた。
退院の日、月城柊が病院の出口で待っていた。
「凛、少し話せるか?」
彼の目の下には隈ができていて、ひどく疲れているように見えた。
「何を話したいの?」
「離婚についてだ」
彼は深く息を吸った。
「考えてもいい。だが、一つ条件がある」
私は眉を上げて彼を見る。
「母さんの誕生日パーティーに、一緒に付き合ってほしい」
少し考えて、私は頷いた。「いいわ」
月城家の誕生日パーティーは、想像以上に盛大なものだった。
親戚たちが次々と私に挨拶に来て、お世辞を言っては話しかけてくる。
彼らの態度から、月城柊が家族に私たちが離婚する話をしていないことが窺えた。
宴会場に、ふとどよめきが起こった。
「奏坊っちゃまがお戻りだ!」
振り返ると、月城奏がチャコールグレーのスーツを着て宴会場に入ってくるところで、親戚たちの噂話を引き起こしていた。
「奏坊っちゃまがご実家の集まりに参加なさるなんて、お久しぶりね」
「また芸能界を引退したって聞いたけど?」
「これは家督争いに戻ってきたってことかしら」
奇妙なことに、月城奏の視線が会場をぐるりと見渡した時、私の上で一瞬だけ留まり、そしてすぐに冷たく逸らされた。
私は彼に挨拶しようとした。
「月城さん……」
しかし彼は、まるで私が目に入らなかったかのように、そのまま通り過ぎて他の親戚と話し始めてしまった。
私はその場に立ち尽くし、彼が何に腹を立てているのか、まったく理解できなかった。
