第2章

リリー視点

 パーティーのあと、私はまたクロエの「取り巻き」に戻った。

 毎朝スターバックスでグランデのキャラメルマキアートを買い、授業では席を確保し、エルメスのバッグを持ち、クロエが面倒がる日はノートまで取る。

 陰で「クロエの犬」と呼ばれているのも、聞こえないふりをした。

 ――ただし今回は、彼女の「親切」を受け取らない。

「リリー、これ食べてみて。ヴィンセントがフランスから空輸させたマカロンよ~」

 クロエは甘い笑顔で、ピンクの箱を私の前へ押しやった。

「ありがとう。でも、ちょっとお腹いっぱい」

「遠慮しないで」

 彼女はウィンクする。

「ヴィンセント、肉付きのいい子が好きなんだって。痩せたらだめよ?」

 私は俯いて答えた。

「……うん、クロエ」

 そしてマカロンは、そのまま机に置いておいた。

 前世も同じだ。「ヴィンセントが好き」って言葉を餌に、カロリーの塊を食べさせられ、私は45キロから80キロまで太った。

 今世は? 冗談じゃない。

 毎朝5時半、こっそり学校のジムで走る。昼はサラダと鶏胸肉だけ。夜は寮でプランクとスクワット。ルームメイトが寝てから止める。

 クロエは私の変化に気づかない。

 でもヴィンセントは、やたら私の周りに現れるようになった。

 昼休み、彼が堂々と私の隣に座った瞬間、食堂中が咀嚼を止めた。クロエはチアのテーブルで顔を石のように固くしている。

 翌日、私のロッカーにはバラが詰め込まれ、カードが一枚。

「ありのままの君」

 廊下中が集まり、スマホで撮りまくる。クロエは甘く笑っていたが、爪は掌に食い込んでいた。

 極めつけは全校集会。ヴィンセントが私をホームカミングのパートナーに指名した。会場が爆発したみたいに悲鳴が上がる。

 私は「え、私……?」と演技で頷き、振り返った瞬間、クロエの顔を見て笑いそうになった。

 彼はゲームをしているだけ。私を駒にしてクロエを刺している。

 でも私もこの芝居に乗る。だって、前世みたいに踏みつけられるより、彼女が悔しがるのを見るほうがずっと気持ちいい。

 体育。フィールドホッケーの練習。

 体に合うウェアに着替える。鏡の中の私は、もう7キロ落ちていた。ラインが出る。腰が締まり、太腿が引き締まっている。

 更衣室でひそひそ声が走る。

「やば、リリーめっちゃ痩せた」

「元々スタイル良くない?」

「ヴィンセントが目つけるの分かる」

 クロエがロッカーにもたれ、砂糖みたいな笑顔。

「リリー、私に隠れてダイエットしてたの~?」

「してない――」

「敏感にならないで」

 首を傾げ、眩しい笑み。

「分かってる。ヴィンセントのためでしょ? 分かるよ、みんな彼に注目されたいもんね?」

 少し間を置いて、何気ないふりで付け足す。

「ただ……彼って自然体な美しい人が好きじゃない? ほら、頑張りすぎない感じの」

 私は息を吸った。

 この女。

 更衣室を出ると、男たちの視線が一斉に刺さる。

 そこへヴィンセントが来た。

 赤と白のユニフォーム。スティックを肩に担ぎ、私を見た瞬間、灰青の瞳が確かに輝いた。

 彼は私の前へ出て、体で視線を遮る。

「俺のチーム」

 質問じゃない。命令。

 私は「光栄です」みたいな顔を作る。

「ほ、本当に……?」

「当然だ」

 満足げに私を見て、挑発するようにクロエへ視線を投げる。

 クロエの笑みはさらに濃くなる。けれど目の奥が冷たい。

 くだらない。さっさと終われ。

 試合開始。

 ヴィンセントはキャプテン。彼のチームは基本負けない。彼の突破は滑らかで無駄がない。

 私は守備担当だが、実質は立ってるだけのカカシだ。

 ……なのに。

 クロエの視線が、ずっと私を狙っている。

 彼女がトップスピードで突っ込んでくる。スティックが上がる。狙いはボールじゃない。私の脛だ。

 またそれか。

 私は先に身を引いた。

 クロエは勢いを殺せずバランスを崩し、顔面から倒れそうになる。

 ヴィンセントが反射で受けに行き、その動きで私を押しのけた。

 私は倒れ、芝へ叩きつけられる――と思った瞬間、力強い腕が私を抱えた。頭と腰を守る、無駄のない抱き方のまま。

「大丈夫か?」

 顔を上げる。琥珀色の目。

 その直後、遠くでクロエの悲鳴。

「きゃあああ! 脚!」

 私は立ち上がり、駆け寄る。

 クロエとヴィンセントは泥の水たまりに一緒に突っ込み、ぐちゃぐちゃだった。クロエの顔は泥だらけ。ブランド物の練習着も台無し。

「クロエ、大丈夫?」

 私はしゃがみ、心配するふりで言う。

「全部私のせい。私が避けなければ――」

「よく言う!」

 クロエの目が狂気に染まる。

「わざとでしょ!」

 地面からスティックを掴み、私へ振り下ろした。

 まずい。

 反射で腕を上げる。鈍い衝撃。前腕に激痛が走った。

「クロエ!」

 ヴィンセントが怒鳴る。

 琥珀色の目の男子が飛び込み、スティックを奪い取って私を背に庇った。

「正気か?」

 低く、危険な声。

「何よ、カーター。あんたに関係ある?」

 クロエが金切り声を上げる。

 カーター。

 アメフト部主将のカーター・ヘイズ。金髪の短髪、日焼けした肌、はっきりした筋肉。セント・ジュディアのもう一人の「理想な王子様」。そしてヴィンセントの宿敵。

「怪我してる」

 カーターが私の腫れた腕を指し、冷たく言う。

「俺が保健室へ連れていく」

「必要ない」

 ヴィンセントの顔が暗い。

「俺が行く」

「お前が?」

 カーターが私の肩を抱く。

「お前の義妹、脚が折れたんだろ?」

 クロエは即座にヴィンセントの腕に縋りつき、涙声を作った。

「ヴィンセント……脚が……これ、もう踊れなくなったら……」

 ヴィンセントは拳を握りしめ、クロエと私を見比べる。

 人だかりが増え、スマホが上がる。

「選べよ、アシュフォード」

 カーターが鼻で笑う。

「義妹か、それともお前の――何だっけ?」

 ヴィンセントは深く息を吸い、私を見る。

「リリー、先に――」

 カーターは聞く気もない。私の手を引いて歩き出した。

 ヴィンセントの顔がさらに険しくなる。

「離せ」

「なんで?」

 カーターが眉を上げる。

「義妹を選んだんだろ。命令する資格あるのか?」

「ある」

 ヴィンセントが急に近づき、カーターの腕の中から私を乱暴に引き剥がした。

「こいつは俺の彼女だ」

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