第84章 念押し

彼の敵意は、雪乃にはまるで心当たりがなかった。眉をひそめると、警告するように肘で今野優空の脇腹をそっと小突く。

向かいに立つ松村理玖は、顔の笑みを少しだけ薄めた。今野優空のあからさまな悪意には気づいているのだろう。それでも気に留める様子はなく、むしろ――どこか子どもっぽい、とでも言いたげだった。

大事なものを手に入れられなくて、駄々をこねる子どもみたいに。

「今野社長、冗談が過ぎますね。雪乃さんが社長夫人なのは事実です。ただ、職場ではまず、彼女は彼女でしょう」

幼稚さが透ける今野優空に比べ、松村理玖の言葉は端正で、角が立たない。雪乃に逃げ道を作りつつ、張り詰めかけた空気までやわらげる...

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