第235話セレーネは転倒する

地下闘技場は、電気的な熱気に満ちていた。薄暗い空間のあちこちで、男たちが札束を振りながら数字を叫んでいる。空気には汗と安物のコロン、そして絶望の匂いが立ち込めていた。中央に設えられたリングでは、血まみれの二人のファイターが飢えた狼のように互いを牽制し合っていた。顔は切り傷と痣だらけだ。

俺は人だかりの後ろに立ち、黒いベースボールキャップを目深にかぶっていた。

「赤に五百だ!」誰かが叫び、紙幣を宙に放る。赤いショーツのファイターが相手の顎に強烈な一撃を叩き込むと、観衆はどっと沸いた。

そんなものに興味はなかった。俺の意識は二階――時折「スタッフ」と覚しき者たちが出入りする、立ち入り禁止のエ...

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