第4章
浅見水希の視点
週末、私は病院の待合室で四十分間、汗ばんだ手で保険証を握りしめ、他の患者が行き来するのを眺めていた。胃の痛みは週を通してどんどんひどくなっていた。誰も私のことなど気にかけてくれないのだから、せめて自分で自分の面倒を見なければ。
「浅見水希さん?」
看護師に名前を呼ばれ、私は彼女について慣れた病院の廊下を歩いた。消毒液の匂いで、ただでさえむかむかしていた胃がさらに気持ち悪くなる。
松田先生は、優しい目をした中年の女性で、白髪交じりの髪をきちんとしたお団子に結っていた。
「今日はどうなさいましたか?」
先生は小さなシンクで手を洗いながら尋ねた。
「一週間ほど前から胃が痛むんです。鋭い痛みと吐き気があって、なんだか調子が悪くて」
私は診察台の上で身じろぎした。下に敷かれた紙がくしゃりと音を立てる。
「ストレスかとも思ったんですけど……」
「診てみましょう」と松田先生は言った。
「最後に生理があったのは、いつですか?」
考え込まなければならなかった。五十嵐佑真のことで頭がいっぱいで、他のことにはあまり気を配っていなかったのだ。
「ええと……一ヶ月前、くらいでしょうか?もしかしたら一ヶ月半かも」
松田先生はメモを取る手を止めた。
「一ヶ月か一ヶ月半?」
「はい、そうだと思います。それって……何かまずいんでしょうか?」
先生は優しく微笑んだ。
「検査をして、はっきりさせましょう」
二十分後、私は先生のオフィスで、まるで外国語で書かれているかのような一枚の紙を見つめていた。
「おめでとうございます、浅見さん。妊娠していますよ。ホルモン値から見て、妊娠六週といったところです」
妊娠。口がぱくぱくと開閉するのを感じたが、声は出なかった。
「ですが」
松田先生は真剣な口調で続けた。
「ホルモン値が少し不安定です。すぐに危険というわけではありませんが、十分に注意する必要があります。もっと休息をとり、ストレスや激しい運動は避けてください。二週間後にもう一度、診せてください」
ストレスを避ける。思わず乾いた笑いがこみ上げてきた。夫が浮気をしているとしか思えない状況で、ストレスを避けろだなんて。
「浅見さん?大丈夫ですか?」
はっと我に返ると、自分が壁をぼんやりと見つめていたことに気づいた。
「はい、すみません」
先生は親切に言った。
「ご主人もきっと喜んでくださいますよ」
本当にそうだろうか?立花杏弥との一件があった今、五十嵐佑真は気にかけてくれるだろうか。それとも、これはあの大事な患者さんと過ごす時間を邪魔する、ただの厄介事にすぎないのだろうか。
「ありがとうございます」
私は震える手で書類を受け取り、どうにかそう言った。
病院の駐車場に停めた車の中で、私は二十分間、妊娠検査の結果を手にじっと見つめていた。赤ちゃん。本当に、小さな命がこのお腹の中で育っているんだ。
もしかしたら、これで全てが変わるかもしれない。そんな淡い期待が胸に広がった。赤ちゃんができれば、彼も本当に大切なものが何かを思い出してくれるかもしれない。彼が思い出すのは、立花杏弥ではなく、妻である私なのだと。
スマートフォンを取り出し、心臓をどきどきさせながら五十嵐佑真の番号をタップした。呼び出し音は鳴らず、すぐに留守番電話に切り替わった。
『はい、五十嵐です。ただいま手術中です。緊急の場合は、病院に直接ご連絡ください』
手術。土曜の午後に。
「五十嵐佑真、私よ」
私はビープ音の後に言った。
「……今日、病院に行ったの。それで、知らせたいことがあるの。いい知らせ。すごく、いい知らせよ。これを聞いたら、すぐに折り返してくれる?……愛してる」
電話を切ってシートに深く座り直すと、片方の手が無意識にまだ平らなお腹へと伸びていた。六週目。
午後は、私たちのアパートを特別な空間に変えることに費やした。ダイニングテーブルの上には、サプライズが待っているかのように、妊娠検査薬と病院からの結果を並べて置いた。もうワインは飲めないから、お祝い用にスパークリングサイダーまで買ってきた。
もうワインは飲めないんだ。妊娠したという現実が、少しずつ染み込んできた。夕食にワインを飲むことも、夜更かしして出かけることも、今まで送ってきた気ままな生活も、もう終わり。でも、自分が作り上げたこの暖かく心地よい空間を見渡していると、それでもいいのかもしれないと思えた。もしかしたら、これがもっと素敵な何かの始まりなのかもしれない。
何度もスマホを確認したが、五十嵐佑真からの折り返しはなかった。きっとまだ手術中なんだわ、と自分に言い聞かせた。
五時半、花瓶に花を生けていると、スマホが見知らぬ番号からのメッセージを受信して震えた。
『ご主人が本当は何をしているか、知りたくない?もっと見たければ、観覧車へ行ってみることね』
添付されていたのは、私の血の気を引かせるような写真だった。
五十嵐佑真と立花杏弥。二人はアトラクションのゲームらしきものの近くに寄り添って立っていた。彼女は彼に寄りかかり、その胸に手を置いていて、彼は私にも見覚えのある表情で彼女を見下ろしていた。かつて、彼が私に向けてくれていたのと同じ眼差し。
手を滑らせたスマホが、甲高い音を立ててフローリングに落ちた。静寂を破るその衝撃音は、がらんとしたアパートの隅々まで響き渡った。
いや。いや、いや、いや。
震える手でスマホを拾い上げ、もう一度写真を見た。見間違いであってほしいと願いながら。でも、二人はそこにいた。はっきりと。五十嵐佑真の腕が立花杏弥の腰に回され、彼女が彼の頬にキスをしている間、彼は微笑んでいた。
その場所は知っていた。病院のすぐそば、車でわずか二十分の距離。海を見下ろすロマンチックな場所で、カップルが特別なデートに訪れるようなところだ。
私は家で彼の好物の夕食を作り、赤ちゃんができたことを告げる準備をしていたというのに、彼は別の女と遊園地にいた。彼女に顔へのキスを許し、まるで自分のものだと言わんばかりに抱きしめて。
この目で確かめなければ。
病院までの運転は、悪夢のようだった。手がひどく震えて、ハンドルを握るのもやっとだった。見た目通りのことじゃないかもしれない、と私は何度も自分に言い聞かせた。
だが、そう思いながらも、自分に嘘をついていることはわかっていた。あの写真での彼女の抱きしめ方は、医者のそれじゃなかった。親密なものだった。
土曜の夜のテーマパークは、海辺の賑わいを楽しむ家族連れやカップルでごった返していた。観覧車が他の全てを見下ろすようにそびえ立ち、その色とりどりの光が夕暮れの光の中で瞬き始めていた。
音楽や子供たちの叫び声にかき消されそうなほど激しく鳴り響く心臓の音を聞きながら、私は人込みの中を歩いた。見つけるのが恐ろしい二人を探して、あらゆる顔を必死で目で追った。
そして、見つけてしまった。
二人はちょうど観覧車から降りてくるところだった。五十嵐佑真が立花杏弥の腰のくぼみに手を添え、階段を降りるのを助けている。彼女は彼が言った何かに笑い声をあげ、心からの喜びで頭を後ろに反らしていた。彼は写真と同じ優しい表情で、彼女に微笑みかけていた。
まるで本物のカップルのようだ。恋人同士に見える。
突然めまいがした。妊娠しているという現実と、今見ている光景のストレスで頭がくらくらする。ここにいるべきじゃない。先生はストレスはダメだと言っていた。
踵を返して車に戻り、この光景など見なかったことにしようとした、その時だった。五十嵐佑真が顔を上げ、人込みの向こうにいる私に気づいた。
視線が交錯し、彼の顔に驚き、罪悪感、そしてパニックといった感情が次々と浮かぶのを私は見た。
彼は立花杏弥に素早く何かを言うと、人込みをかき分けてこちらへ向かってきた。
「水希!」
喧騒を突き抜けて、彼の声が響いた。
「水希、待ってくれ!」
逃げなさい、と脳が叫んでいた。ただ、逃げるのよ。
しかし、私の足は地面に凍り付いてしまった。夫が、観覧車のそばで戸惑いながら立ち尽くす彼の「ガールフレンド」を置き去りにして、私に向かって走ってくるのを、私は馬鹿みたいにただ突っ立って見ていた。
「水希、ここで何をしているんだ?」
五十嵐佑真は少し息を切らしながら私の元へたどり着いた。彼は誰かに見られていないか確かめるように、神経質に辺りを見回した。
「同じことをお聞きしたいわ」
私は、自分の声が驚くほど落ち着いていることに自分でも驚きながら言った。
「これは君が思っているようなことじゃない」
彼はそう言って、私の腕に手を伸ばした。
「やめて」
私は彼の手を振り払った。
「私に触らないで」
「水希、頼むから、説明させてくれ。杏弥さんが今度の処置のことで不安発作を起こしていて、気分転換が落ち着かせるのに役立つかと思ったんだ。これはただのセラピーなんだ」
私は彼を見つめた。この何年も愛してきた男性を。そして、もう彼が誰だかわからないことに気づいた。私が恋に落ちた五十嵐佑真は、こんなにもたやすく、こんなにも滑らかに嘘をつくような人ではなかった。
「セラピー」
私は平坦な声で繰り返した。
「そうだ!医療的なセラピーだよ。不安障害を持つ患者は、楽しい活動に管理された形で触れることで恩恵を受けることがあるんだ。正当な治療法なんだよ」
「じゃあ、キスは?それも治療の一環なのかしら?」
五十嵐佑真の顔が青ざめた。
「何のキスだ?水希、君は被害妄想に陥っている――」
私はスマホを取り出し、彼に写真を見せつけた。
「このキスよ」
彼はその画像を凝視し、口をぱくぱくさせた。
「どこでこれを手に入れたんだ?」
「それが問題?これがあなたの言う医療行為なの、五十嵐佑真?妻が家であなたの好物の夕食を作っている間に、患者をロマンチックなデートに連れ出すことが?」
「デートじゃない!」
だが、その言葉は裏返り、私たち二人にはそれが聞こえていた。
「嘘をつくのはやめて!」
意図したよりも大きな声で言葉が爆発した。近くにいた数人がこちらを振り返って見つめている。
「もうやめて!これ以上嘘は聞きたくない!」
「水希、騒ぎを起こすな。人が見ている」
「構わないわ!見せつければいいじゃない!あなたが本当はどんな男なのか、みんなに見せてやればいい!」
五十嵐佑真は私の腕を掴み、人込みから引き離そうとした。
「水希、落ち着け。冷静になれ!」
「冷静?」私は彼の腕をあまりに強く振り払ったので、よろけて後ろに数歩下がった。
「夫が浮気をして、それを私の目の前で嘘をついているから、私が冷静になるって言うの?」
「浮気なんてしていない!」
だが、そう言いながらも、彼の視線は立花杏弥がまだ立っている方へと泳いだ。彼女は大きく目を見開き、怯えた様子で私たちを見ていた。
「情けない」
私は怒りで震える声で言った。
「自分のしていることさえ認められない、情けない嘘つき」
彼が再び私を掴もうとした瞬間、私はぷつりと何かが切れた。くるりと向き直り、彼の顔を思い切り平手で打った。
佑真はよろめきながら後ずさり、頬に手を当て、信じられないといった表情で私を見つめていた。







