第2章
三日間。
三日間も携帯の電源を切り、傷ついた声帯にガーゼを巻いて、東区のアパートに引きこもっていた。
だけど、今日だけは違う。日乃出芸術センターの舞台に立たなければならない。私が芦原静香であり、プロとしての意地があるからだ。
午後五時、日乃出交響楽ホールの舞台裏。楽屋は煌々と明かりが灯され、鏡には本番前の慌ただしさが映り込んでいる。私がドアを押し開けた瞬間、そこにいた全員の視線が、私の首に巻かれたガーゼに釘付けになった。
「なんてことだ、静香!」プロデューサーの智明さんが椅子から飛び上がらんばかりに叫んだ。「救急外来から抜け出してきたみたいじゃないか! 収録、延期するか?」
「私はプロよ、智明さん」私はメイク用の椅子に腰を下ろす。声はかすれていたが、しっかりしていた。「お客さんが待っているわ」
メイクの沙織さんの目が大きく見開かれた。「静香さん、これ、ひどいじゃない」
『違う。本当にひどいのは、私の夫婦関係が破綻しかけていることだ』苦い思いを胸の内に閉じ込め、私は平静を装った。「ちょっとした手術よ。問題ないわ」
智明さんが私の横を行ったり来たりしながら、眉間のしわを深くする。「静香、お前が仕事熱心なのはわかる。だが、『劇場街トゥナイト』はお前一人の番組じゃないんだぞ。ステージで倒れたらどうするんだ?」
「倒れたりしない」私は鏡の中の自分を見つめた。青白く、弱々しい。それでも、瞳の奥の炎は消えていなかった。「この仕事をやり遂げないと」
『誰にも、特にこの人たちの前で、私が崩れるところなんて見せられない』
沙織さんが病的な青白さを隠そうと、慎重にファンデーションを塗り始めた。「そういえば、今夜はミステリーゲストがいるのよ。制作サイドがものすごく秘密主義で――私でさえ誰なのか知らないの」
智明さんの表情が興奮に変わった。「任せとけって。今夜はすごいことになるぞ。このゲストは間違いなく観客の度肝を抜く」
私は答えず、ただメイクで疲労が覆い隠されていくのに身を任せた。この本番を乗り切って、自ら課した籠城生活に戻りたい。ただそれだけだった。
二時間後。私は日乃出芸術センターのメインステージの舞台袖に立ち、五百人の観客の期待に満ちたざわめきに耳を澄ませていた。眩しい照明。いつもなら大好きな、この熱気。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」司会者の声が会場に響き渡った。「今夜は大変スペシャルなゲストにお越しいただいております! 彼は劇場街で最も成功したプロデューサーの一人であり、そして――」彼は芝居がかった間を置いた。「彼はある人を探しに来たのです! 夢にまで見る女性を!」
観客席から、興奮した悲鳴が爆発した。
『いや。まさか――』
「黒瀬正人さんを、盛大な拍手でお迎えください!」
スポットライトがステージ中央を照らし、彼がそこにいた――私の夫、三日間も連絡ひとつよこさなかった男が――トレードマークである黒のカスタムスーツに身を包み、あの、心をかき乱す魅惑的な微笑みを浮かべて、悠然と歩み出てきた。
観客は熱狂の渦に飲み込まれた。
「正人! 正人! 正人!」その連呼は耳をつんざくほどだった。
彼は静寂を求めるように、片手を上げた。
「ありがとう、ありがとう!」彼の声には、人を惹きつけてやまない威厳があった。「今夜、私は特別な人を探しに来ました。私を夜も眠れなくさせる女性、私の創造性の源泉、私のミューズです」
彼は手慣れた熱っぽさで客席を見つめ、まるで群衆の中から誰かを探しているかのように振る舞った。客席の女性たちは、今にも卒倒しそうだった。
『誰のことを言っているの? 誰を探しているの?』
そして、これ以上ないほどの悪夢だと思っていた、その時――
「正人さん! 私を探しているって、わかってたわ!」
星野沙耶香が反対側の舞台袖から飛び出してきた。流れるような金色の髪、息をのむほど美しい青いイブニングドレス。まるでおとぎ話のお姫様のように、彼女は私の夫へと駆け寄っていった。
観客席は、文字通り爆発した。
「キスしろ! キスしろ! キスしろ!」その連呼は、会場全体を揺るがすかのようだった。
そして私は影の中に立ち尽くし、まるで自分の処刑を見物する他人みたいに、その全てを眺めていた。
沙耶香が正人の腕の中に飛び込み、二人はスポットライトの下で抱き合った。観客の絶叫が、天井を突き破らんばかりに響き渡る。
「これぞ劇場街の完璧なパワーカップルだ!」誰かが叫んだ。
「お似合いすぎる!」
「結婚はいつ?」
屈辱に顔が燃えるように熱くなる一方で、体は感覚を失っていく。これはパフォーマンスじゃない――これは愛の宣言だ。五百人の観客と、無数のカメラの前で、私の夫は公然と彼の「真実の愛」を探し求めている――そして、それは私ではなかった。
「静香!」智明さんが不意に私の肘のあたりに現れた。「準備しろ、ピアノ伴奏だ!」
「何ですって?」私は信じられない思いで彼を見つめた。「伴奏?」
「ああ、正人さんからのたっての依頼だ。彼らのパフォーマンスには、最高のプロのピアニストが必要だってさ。なんて名誉なことだ!」
名誉?
メインの出演者から伴奏者に格下げされて、これが名誉だっていうの?
だが、私に選択肢はなかった。すでにスポットライトはステージ脇のピアノを照らし、司会者がアナウンスしている。「今夜のピアノ伴奏者、芦原静香さんにも、大きな拍手をお願いします!」
まばらで、儀礼的な拍手。全員の視線は、ステージ中央で抱き合う「完璧なカップル」に釘付けのままだ。
私は深く息を吸い込み、ピアノへと歩み寄った。
ピアノの椅子に腰を下ろした瞬間、沙耶香の首にかかるネックレスが目に入った――夜空の星のように輝く、見事な青い宝石とダイヤモンドの逸品。
沙耶
耶香が不意に手を上げ、ネックレスを一層きらびやかに輝かせた。「これは正人さんが私たちのコラボのために特注してくださったの――世界に一つだけ! 私たちの芸術的な結合の証よ!」
観客席から、感嘆のため息が漏れた。
正人は、見ていて辛くなるほどの優しさで彼女を見つめている。「芸術には、真のソウルメイトが必要なんだ」
私の指が、鍵盤の上で震えた。
音楽が始まり、沙耶香が『真夜中の夢』のテーマを歌い始めた。彼女の声は紛れもなく美しく、技術的にも完璧だったが、その一音一音が、私の胸を切り裂く刃のように感じられた。
観客はうっとりと聴き入り、フレーズごとに拍手を送る。そして私は、まるでただの伴奏者のようにそこに座り、彼らのラブストーリーのサウンドトラックを提供していた。
曲がクライマックスに達すると、正人は沙耶香に歩み寄り、皆の前で優しく彼女にキスをした。
観客は熱狂した。「キス! キス! キス!」
「劇場街の完璧なカップル!」
「絶対付き合うべきよ!」
そして私は、こらえきれない涙で滲む視界の中、最後の音符まで弾ききることを自分に強いた。
雷鳴のような拍手が巻き起こった――私にではなく、スポットライトの下でキスをする「恋人たち」に。
ショーは、観客たちが目撃した「ロマンチックなパフォーマンス」について興奮気味に語りながら、名残惜しそうに退場していくことで幕を閉じた。舞台裏ではスタッフが機材の片付けに奔走し、空気は終演後の疲労とざわめきで満たされていた。
私はゆっくりとピアノの椅子から立ち上がり、いまだに記者やスタッフに囲まれている正人と沙耶香を眺めた。二人は「芸術的なコラボレーション」や「創造的なインスピレーション」についてインタビューを受け、その顔は勝利の輝きに満ちていた。
そして私――たった今、道具として利用された女は――これ以上ない屈辱の中から、そっと立ち去る準備をしていた。
